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「さて」
 昼休みの生徒会室。 外と内を歩く生徒達の喧騒が扉越しあるいは窓越しにでも伝わってくるこの状況下で、しかしそれを除けば室内は葬式の最中のごとき静かさであった。
 その浮きだった静寂の中に君臨し、立派な机には不釣合いなほどに小さな身体をした黒髪の少女だけがやはり静かに、かつ淡々と言葉を重ねていく。
「念のため聞いておきますが……言い訳は、ありますか?」
 彼女の両脇を固める生徒会役員二名すらも――自身がまったく関係ないのにもかかわらず――身震いを感じざるを得ないほどの圧倒的な冷たさを持った糾弾を受けているのは、彼女の前に直立不動で立っている二人の生徒だ。
 その一人は金髪の美少女で、もう一人はヘタレっぽい少年であり……付け加えるならば悪びれた様子をまったく見せていないのが少女の方で、今すぐにでも真っ白に燃え尽きて千の風になりそうなまでに疲弊(きっと心理面で)し切っているのが少年の方である。
 そして、悪びれるどころか不服ですらありそうな金髪の美少女――コガネの方は片手を挙げ、発言権を得た後に言葉を紡ぎだした。
「校則には、違反していなかったと思うのですが」
 呆れるまでに強気な言い訳に対し、黒髪の少女――クロは、小さくため息を吐きながら至極まともな正論を返す。
「生徒会の許可なく作成したチラシを配り、学校の行事をサボタージュし、あげく人が集まらなかったからといって腹いせに魔法を炸裂させたことが――校則に抵触していないと?」
 それは、となおも食い下がろうとするコガネに対し、クロはそれを手で制しつつなおも追撃する。
「確かに、今回の行事は普遍的なスポーツにしか過ぎません。 コガネさん、あなたのように魔法を至上とする主義の方には幾分か不服に思うところもあるでしょう。
……しかし、学校とて何ら考えなしにこんな行事を行う理由はありません」
 お解りですか、とたしなめるように一言を挟みながら、クロは言葉を重ねていく。
「普段は魔法、あるいは科学に関することばかりの授業だからこそ、こういった機会にそのどちらでもないスポーツを行うのです。 そして、この行事は全生徒一同になって行われるものです。 その意図はお解りですよね?」
 ぎゅっ、と下唇を噛みながら俯くコガネを一瞥しながらも、クロの弾劾は容赦のないものであった。
「言うまでもなく、この慶昴国立魔法学園の意図が『魔法』と『科学』の融和だからです。
『魔法』と『科学』の世界には未だに超えられない隔壁が存在する……例えそれが万歩のうちの一歩であろうとも、私達は歩み寄る努力をしなければなりません」
 ゆえに、という言葉から始まるさらなる口撃が為されようとしたその直後に、再びコガネの口は開かれた。
「ですが、生徒会長。 私は思うんです。 私達が魔法を使わないとしたら――」
 一瞬の逡巡の後に、コガネは言葉を続ける。
「私達は、科学側(あいつら)に劣る存在にしかなりえないのでは、と」
 その言葉の声色が幾分か震えていることを、隣にいる少年――シロだけが、感じ取っていた。

「(コガネ……?)」
 八つ当たりをされたことによって未だに少しばかり残っている身体的なダメージと、ほぼ一週間以内に、否、三日以内には繰り返されるクロの精神的な磨耗を伴う説教とで心此処にあらずといった風体であったシロは――ふとコガネの言葉と、その声色の震えに感じるものがあった。
 見れば、クロの両脇を固めている二名の生徒会役員も動揺し、クロ自身も冷静であるように見せかけておいて、その黒い瞳は僅かに揺らいでいた。
「コガネさん。 あなたは先ほどの私の言葉を理解していたのですか? 私は」
「この行事が、西と東が歩み寄るために必要なものだとおっしゃいましたよね?
ですが、私は西と東が歩み寄る必要性……そもそもそれ自体が無意味だと思うんです」
 無意味。 たった三文字の単語に集約された――完全なる否定。 だが、それは、
「……コガネさん。 あなたは、自分の言っていることの意味を、理解しているのですか?」
 それはこの慶昴国立魔法学園の存在意義の完全否定に他ならず、よりによってそれを学園の最高権威といっても過言ではない生徒会の、その責任者たる生徒会長に、一生徒にしか過ぎない立場であるコガネが、言うことは……百歩、いや、一万歩譲ってもありえない、あってはならないことであるのに。 それなのに、
「ええ」
それなのに、コガネはそれを躊躇なしに肯定する。
隣で聞いているシロは――再び茫然自失になろうとして――しかし、コガネを見つめるクロの瞳に宿った例えようの無いほどに底冷えした光を感じ――いてもたってもいられずに、コガネを庇おうとして――
その時何の前触れもなしに、ドアが開く音がした。

 本当に、それは何の前触れもないことであった。 コガネの爆弾とも言える危言に対し、怒りを通り越して絶対零度なまでに冷徹な態度を取ろうとしたクロの二者間からなる氷結で、扉すらもが凍り付いていても何らおかしくなかったのに、その扉は開いた。
「――と、失礼。 お話中でしたか」
 まるでこのマイナス零度以下の空間を解凍しようとしているのだ、とでも言いたいのかと思われるほどの柔和な笑みと共に、その男子学生は「空気は吸う物であって読む物ではない」とでも言いたげなまでにナチュラルな動きで室内へと侵入する。
「何ですか、あなたは――」
「あ、あなたはぁ! この前」
「お、お前はこの前、俺に求婚してきた変態ぃ!?」
 怪訝な顔でのクロの問いかけと、先ほどまでのクロのコガネに対しての弾劾に加えてコガネの危言によって困惑し切っていた少女、ルリの驚愕と、ある意味――否、彼に関しては確実に一番の被害者であるシロの絶叫が見事に重なり、今までの雰囲気が消し飛んだ。
「変態って……私はそんなに変なことを言った覚えは無いのだが」
 対し、シロの変態発言に少し困ったような微笑みを返すその男性。 その柔和な笑顔を見ればなんとなしに懐柔されそうではあったが、当初は真剣に身の危険(主に貞操)を感じざるを得なかったシロは流石に納得しない。
「い、いやだってアンタ、アンタ、えーっと……」
「トランだ」
「そ、そうそう、トランだ。 アンタ、唐突に名乗りながら、その、お、俺が欲しいとかなんとか言っていたじゃねぇか!?」
 シロの発言によってざわつく室内。 シロはまったく考慮していなかったが、彼の隣にはコガネ、彼の正面にはクロ、そのクロの左隣にはルリ、ついでに右隣にはポニーテールの少女がおり、急に来訪したトランを含めても室内の男女比率は圧倒的に女性側に傾いていた。(あろうことか、なんとクロは赤面までもしていた)
「ちょ、ちょっと待つですぅ! じゃ、じゃあもしかしてあなたが精神魔法を使った目的って……!?」
 自分で言っておきながら、その後のことを考えて両手で頬を押さえ、不潔ですぅ!と叫びながらルリは首をブンブンと横に振る。 自身のことは無論ダンクシュートの勢いで棚上げである。
 それに対して、しかしトランはのほほんとした調子で応えた。
「あぁ、今日はその件に関してちょっとばかり言い訳を……と、入ってきていいよ」
 まるでこの部屋の主であるかのようなトランの呼びかけに対し、失礼します、という控えめな声の後に、再び扉が開かれる。
「ちょっ……!?」
 シロが、目を見開く。 それというのもトランの合図で入ってきたのが紫色の髪をした、邪気のない天使のような微笑みを浮かべている少女だったからである。
「あなたは……」
 コガネが訝しそうな表情で何かを言う前に、トランが口を開く。
「あぁ、紹介します。 こちらは私の妹の――バイオレットです」
 トランの言葉を継ぐように、その少女はペコリ、とお辞儀をした。
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 魔法学園とその周辺都市が東西融和のテストケースとして作られているとはいえ、ここに住む人々の多くにはそんなことは関係なく、先進的な技術や物が溢れかえっていることを除けば他の街と同様ごく普通の生活が行われている。
 ある男子学生が学校からの帰りにスーパーに立ち寄り、特売で安く食料を買い込むことができ上機嫌で帰途に着く。というどこにでもあるような光景がこの街でも見られた。
 学園からも商店街からも同じくらいの距離にある、一人暮らしを行う多数の学生が住む住宅街。
 その男はパンパンに詰まったビニール袋を片手に、もう片方には薄っぺらい学生カバンを持ちながらゆったりとした足取りで歩いていた。
 周囲を眺めてはちょっとした事に軽い驚きと好奇心を浮かべ、左右の色が違うオッドアイと呼ばれる珍しい瞳を瞬きする間も惜しいといわんばかりに動かし、夕日を見つめては「自然っていいよね」とでも問いかけんばかりに口元を緩ませ、その男……トランはいつもの道を歩いていた。
 やがて交差点にたどり着く。
 数日前トランが初めてかの少年に会った場所。
 登下校時にはたくさんの学生が通る交差点、そこにトランは今までに見た覚えの無い少女を見つける。
 都市の特性から、ここには魔法学園の生徒以外の若者はほとんどいない。なので少女も魔法学園の生徒なのだろう……が、少女はなぜか交差点の真ん中に立ちじっとしている。
 目を閉じ瞑想をしているのか、それとも何かの魔法を使っているのか?
 興味を持ったトランは"魔法の世界"を見ることにした。
 トランの紅い瞳は紅い光を通さず、蒼い瞳は蒼い光を通さなかった。
 だからトランは両目を使って初めて全ての色を見ることができた。
 片目を閉じれば一つの色が失われる不便な目、しかしそれは同時に唯一両方の目で見ることのできる翠の光を選別する能力をトランに与えてくれた。
 翠の光、すなわち魔力とでもいうべきものをトランは見ることができた。
 わざと焦点をずらし、もっとも大きな翠の光源に焦点を合わせる。
 それだけで世界はトランだけの知る"魔法の世界"へと変化した。
 
 世界を変えたトランが再び少女を見ると、少女が下に向けた手のひらから無数の糸のようなものが伸びていた。
 糸は何かを探すように動いているものと、目当てのものを見つけたように留まっているものがあった。
 多くの魔法は強力なものであるほど解除された後も影響を残す。例えば炎の魔法であれば、使い終わった後もう一度使ってみると威力が強くなったりする。
 糸がとどまっているのは、何らかの魔法の影響が強く残っている場所のようだった。
 どうやら少女はこの辺りで使われた魔法について調べているらしい。
 無数の糸はゆったりした、しかし迷いの無い動作で範囲を広げては目的のものを探し出していく。
 その鮮やかな手並みにトランは魅入っていた。
 トランはこの手の魔法を使ったことはないが、使い手の話を聞いたことはある。
 話によれば相当の集中力を必要とし、一箇所を調べるのにも時間がかかるという。
 その人は、自分にたくさんの手があるとしてそれぞれの手で別々の点字を読み取るようなものだ、と例えていたがそうであるなら少女は物凄いことをやっているのではないだろうか。
 糸は徐々に範囲を広げていき、そしてトランに触れると同時に霧散した。
 トランに気付いた少女は怪訝そうにトランを見つめ、考え込むような仕草をしてから口を開く。
「あなた!ここで強烈な精神魔法を使ったのはあなたね!?」
 どうやら少女は魔法の種類どころか使用者にまで目星をつけてしまっていたらしい。
「もし君が調べている魔法が、数日前にシロという少年に使われたものなのだとすれば、その使用者は私ということになるのかな。」
「そう、認めないならぁ……え?」
 妙にじしんたっぷりな少女は、てっきり言い逃れされると思っていたのか頭の中で話を進めていたらしい。
 すなおに認めたトランに唖然としてしまう。
「素晴らしい君の手並み見させてもらったよ。おかげでつい白状してしまった」
「そ、それはありがとうございますぅ。」
 一瞬トランののほほんとした空気に呑まれそうになった少女だが、自分の目的を思い出し身構える。
「……じゃなくてぇ、あなたが犯人なら話は早いですぅ。ちゃんと詠唱さえしていれば魔法を使うのは勝手ですけどぉ、精神魔法だけは危険性から校則で禁止されてますぅ
 後で生徒会から罰則が与えられますから覚悟していてくださいねぇ」
 言っている内容は重たいものでも舌足らずな口調のおかげであまり緊張感が無いなぁ、とかトランが思っていると少女は壁に立てかけてあったカバンからカメラを取り出し、トランの顔を写した。
「名前くらい聞かなくていいのか?」
「ご心配なくぅ。顔写真さえあれば生徒会のデータベースの方で勝手に照合してくれますので。それに男の名前なんて聞いても覚えるつもりないですから」
 そして短い魔法の詠唱を行うとカメラから何かが学校の方へ飛んで行った。写真を生徒会の本部にでも転送したのだろう。
 カメラをカバンに戻した少女はやることはやった、と立ち去ろうとする。
 では自分も帰ろうかと思ったトランだが、ふといいことを思いつく。
「私はトラン、今年入学したばかりなのだが校則はどこに行けば見れる?」
「ルリですぅ。校則なら生徒手帳に載ってますからちゃんと確認しておいてください」
 少女、ルリは振り返らずに歩いていった。

 トランも交差点を後にし、家に向け再び歩き出す。
 ルリは生徒会の人間のようだがトランの素性に気付いていた様子は無かった。
 この学園の生徒会を甘く見てはいけない。もしもベノムたちが本当に危険な人物、危険な思想を持つ集団だと認識されてしまったのなら、すでにトランを含めた組織の一員は洗い出されているだろう。
 だがその様子は無い。泳がされているのだとしても監視の姿が全く無いのはおかしい。ルリの反応もそれを裏付ける。
 生徒会は今もベノムとベリアルをただの問題児と捉えているはずだ。
 しかしそうだとすればあの夜ベノムたちを襲った黒服はやり過ぎだ。彼らは生徒会とは違うなんらかの、トランたちの組織と敵対する勢力なのだろう。
 トランたちの目的は目下のところシロを連れ帰ることだ。できれば彼が自由意志でついてきてくれることが望ましい。
 生徒会と対立する必要は無い、模範的(問題行動を含めて)な生徒としてこの学園で長期間生活し、長い時間をかけてシロを懐柔してもよいのだ。
 場合によっては生徒会が"敵"からトランたちを守ってくれる、ということもあるかもしれない。
 生徒会に知り合いを作るなり、友好的に接しておくことは悪いことではないだろう。
 ……となるとあの精神魔法の件について、当たり障りのない理由を見繕っておいたほうが良いだろう。
 組織とは無関係な、無計画で、個人的な……
夜が更け、病院の消灯時間も過ぎた頃合であった。
周囲は静まりかえり、遠くの道路を走る車のエンジン音だけが時折響いている。あとは微かに虫の音色が聞こえる程度ではあるが、そんなものは瑣末な事で、大方、真夜中という時間帯にふさわしい静寂であった。
 そんな中、病院からは一つ・二つほど離れている建物の陰で紫色の髪をした少女は待機していた。その鋭い眼光が睨んでいるのはただ一点、街灯の光によって微かに照らされている、宙に浮いた民族衣装の男だ。真夜中、カラフルな民族衣装、さらには宙に浮いているという……あまりにも怪しすぎて幻覚か幽霊なのではないかと一般人なら思ってしまうようなその外見の男は、しかし彼女にとっては待ち焦がれていた人物であった。
 彼女の名誉のために付け加えるならば無論、待ち焦がれるといえどもそれは恋焦がれることではない。事実、冷え切った夜の空気の中でさえさらにと感じるほどに冷徹な彼女の視線は、恋煩いをしている乙女のものなどではなかった。
「(さて、と)」
 民族衣装の男が窓から病院に侵入し、その窓が閉じられたことを視認した後に、彼女は自身の懐から携帯電話を取り出し、連絡を行おうとして……監視役である自分をさらに見つめている存在に気付いて、ため息を吐いた。
「ねぇ、人を覗き見るなんて……悪趣味を通り越して、情けないとは思わないの?」
 もっとも、今の自分が言えた義理でもないんだけどね。と一人心の中で呟いて苦笑する少女――ベノムはそう言いながら、視線の主の方へと向き直る。意外にも、その人物はベノムの声を聞いて物陰からあっさりと姿を現した。
 その視線の正体は紫色で、癖のないストレートのロングヘアーの少女で。
 間違い探し程度の相違点はあれども――ベノムと並び立てば、それは瓜二つというほかに言いようがないほどに、その少女はベノムに似通っていた。
「あら、どうしたの?……バイオレット」
 何の気なしに。監視をしていたという素振りすらも見せずに、ベノムが自分に瓜二つである少女――バイオレットに問いかける。
 対して、バイオレットと呼ばれた少女はにこにこと人好きのする笑顔を浮かべて、軽く首を傾げながら応えた。
「うん、ちょっと眠れなくって散歩してた。……お姉ちゃんは、こんなところで何をしていたの?」
「奇遇ね。私も眠れなくて夜風に当たっていたところよ」
 さらりとそう言ってのけるベノムに対し、バイオレットはそっかぁ、と笑顔のままに呟いた後に、自分の左手に乗せていた銀の貝殻――のような形をした何かに耳を当て、ひとしきり頷いてから、口を開いた。
「それ、嘘だよね。この子……機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)がこう言っているよ。今日、お姉ちゃんが気まぐれで夜の散歩に出かける可能性はないって」
「……まだ、そんなガラクタを使っているの?」
傍から見れば不思議ちゃん、というか痛い子にしか見えないバイオレットのその様子を、じと目で見ながら、哀れみを隠そうともせずにベノムがそう言う。
「ガラクタは酷いよ、お姉ちゃん。私、これを持ってると落ち着いて魔法使いやすいんだよ?的中率も当社比で2、3倍だよ」
「バイオレット、一つだけ言っておくと……99.9%を2、3倍すると200%という素晴らしく意味のない数字になるのよ?」
「120%ぐらいまで溜める主砲があるぐらいなんだから、200%ぐらいいいじゃない」
 わかってないなぁ、とでも言いたげな得意げ笑顔を振りまくバイオレットに、しかしベノムは油断をせずに脳内で冷静に対処法を考えていた。
「あ、酷いよ、お姉ちゃん」
 ポツリ、とバイオレットが呟く。その表情は、未だに曇りの無い笑顔であった。
「今、銃を引き抜いて――威嚇なしで、私を撃とうとしたね?」
 ピタリ、とベノムの手の動きが止まる。懐には、いつも愛用している機関銃の代わりとして持ってきた拳銃が入っていたのだが。
「……参ったわね。あなたには敵わないわ、バイオレット」
「そんなことないよ。私ができることなんて限られているし」
 バイオレットのその言葉には返さずに、ベノムは一つ、長いため息を吐いてから、自分と瓜二つである彼女を睨み付けた。
「で、私のやろうとしたこと――いや、もう私の立ち位置も含めて、『読んだ』んでしょう?」
「うん」
 未だに笑顔を――もはや、それ以外の表情はできないのではないだろうか、と見紛うほどに良い笑顔を継続したままに、バイオレットは言葉を紡いでいく。
「私ね、お姉ちゃんが私と同じ組織に入ってくれたこと、凄く嬉しかったよ」
「そう」
「もう二度と会えないんだって、思ってた。私と、お兄ちゃんと、お姉ちゃん……三人でいれば、それだけで幸せだと思っていたのに」
「そうね。昔は、それだけで幸せだったわね」
「今だって、きっとそうだよ。でもね。駄目だよ、お姉ちゃん。私達の敵に……PTAの命令で、私達の組織に潜り込んでくるなんて」
「そうねぇ。バレたら、殺されるわね、私」
「……大丈夫だよ。この事は、まだ私しか知らないから」
「あら。じゃあ、あなたが邪魔をしなければ問題ないのね?」
 まるで天使のような柔和な微笑みをたたえながら、ベノムが凍てつくような視線をバイオレットに向ける。
「駄目だよ、お姉ちゃん。お姉ちゃんがやろうとしていることは、私達に致命的な不利をもたす。お姉ちゃんでもそれは許せないし――それに」
 それに、と区切り、バイオレットは微笑みを消した。
「それに、シロさんのことは、お姉ちゃん達には絶対に渡せないよ」
 ベノムは知っている。その少女と格別に近しい立ち位置である自分だからこそよくわかる。目の前の少女――バイオレットの表情が完全に消えたということは、危険信号なのであると。
 何故なら、この少女には喜・楽を伝えるための笑顔はあっても、それ以外の――哀・怒を現すための表情が欠落しており、その結果、表情の喪失がどちらに傾いているのか、加えて、どれほどの情動であるのか、判断がまったくつかないからである。
「……ずいぶん、ご執心ね」
「シロさんの力は、お兄ちゃん……ううん、私達に必要だから。それに」
 突如、それはまるで雲の隙間から太陽が顔を覗かせたかのような、そんな眩しさを感じるような――自然な微笑みを、バイオレットは浮かべていた。
「それに、私は……シロさんのこと、好きだから」
「そう」
 存外に。そう、自分で思っていた以上に冷たい声だと、ベノムは思う。
 何故、こんなに苛立つのか、自分でもよくわからない。
「姉さんは、違うの?」
「なんで?あんな超絶ヘタレ、こっちから願い下げよ」
「……そっか。よかった。あの時、シロさんに根も葉もないことを吹き込んだみたいだから、もしかして、ってちょっと思ったんだ」
「別に、根も葉もないってわけじゃないわ。ヒルデ様がオーディショナルファクターであることは事実。カントレイルという存在があったのも事実。……そして私達がセカンド(出来損ない)で、あの娘がサードなのも、事実だわ」
 再び、バイオレットから表情が消えた。
「それでも、お兄ちゃんから色々言われて混乱していたシロさんを、ただ絶望させるためだけに二つを結び付けたのは、許せないことだよ、お姉ちゃん」
「どっちにせよ、化け物だってことに変わりはないわ。まぁ、あの金髪は妙に焦っていたから、説明がいつもより下手だったわね。熱に浮かされていたところがあるというか……おかげで、こっちは仕事がやりやすかったけど」
 まるで仮面のように、無表情がバイオレットには張り付いている。それは心なしか、こちらを睨み付けている動作のようにも思えた。
「……お兄ちゃんのこと、昔みたいに『お兄ちゃん』って呼ばないんだね、お姉ちゃん」
「……そうねぇ。イチイチ指摘するのも面倒だから放っておいたけどさ……いい加減、私を『お姉ちゃん』って呼ぶのも、あの金髪を『お兄ちゃん』って呼ぶのもやめなさい、バイオレット。……虫唾が走るのよ。特に、あの男を『お兄ちゃん』って呼ぶのは」
「いや。だって、私達は」
 そう言って、バイオレットは息を呑む。いつの間にか――否、自分が僅かに動揺したその隙を狙ったのだろう――ベノムは、拳銃をこちらに突きつけていた。
「そうね。私達は『兄妹』だわ。たとえ――『ノエル』という少女に擬似人格を植え付けて、その片方に『魔法』、もう片方に『科学』の知識を詰め込んで再分離させたその結果が私達だったとしても……私達は確かに『兄妹』だった」
「だったら、なんで――」
「わかっているんでしょう?あの男が何を望んで、何をしたのか、ってことぐらい」
 無表情で俯き、黙りこくるバイオレットとは対照的に、ベノムの瞳には明らかな――憎悪の炎が、揺らめいていた。
「私はね、PTAも、組織も、大人達も、全部、許せない。けどね、これ以上犠牲を増やさないためにPTAに協力するわ。そうすれば、少なくとも新しい犠牲は無くて済むかもしれない」
 憎悪の瞳と、無感動の瞳は刹那、その輝きを映しあう。
「邪魔をするなら、容赦はしないわ」
 それでも、その輝きが変わることは、なかった。

夜が更け消灯時間を過ぎて、まだトランは起きていた。
 なにかしていたわけではなく電気は消している。少し前に廊下を通った見回りの警備員はトランが寝ていると思ったことだろう。
 これからの会合は誰にも気づかれてはいけない。彼とは"結果として偶然協力していた"だけでなければならない。
 想定外の力を得た者、不相応な絆を得た者は消される。トラン達が所属するのはそういう組織だから。

 コンコンと、窓をたたく音が聞こえトランはカーテンをずらし窓の鍵を開ける。
 暗闇に完全に慣れた目には遠くから届く弱弱しい街灯の明かりでも少々眩しく、だからこそ窓の外にいる男の姿が見えた。
 原色を散りばめたような色鮮やかな民族衣装を着込んだ中年の男が空の上で胡座を組んでいた。
 男はその姿勢のままでゆっくり部屋に入ってくる。
 トランが窓を閉めるのを待ってから男は口を開いた。
「トラン、あれは何のつもりじゃ」
 少し間を置き、改めて問い掛ける。
「コガネとシロを連れて行くときは彼女らの自由意志を尊重する
 その契約を違える気か?」
 男はそれだけ言うと口を閉ざしトランの答えを待つ。



 男はシロとコガネの将来を案じトランに接触してきた。
 シロたちが入学したこの学園はPTAと深く繋がっていると男は考えていた。
 何事もなく卒業し彼らが自分の居場所を見つけることができるならそれで良い。
 しかし、PTAがシロとコガネを放っておくとは思えない。
 男はPTAとその思想を排除しようと尽力していたが、男の願いとは裏腹に学園を中心にPTAの思想は都市全体に浸透していった。
 たとえPTAが動かなかったとしても、シロが人として暮らすことのできる居場所は無くなってしまう可能性があった。
 だから、男はPTAと対立するもう一つの組織に目を付けた。
 PTA同様危険な組織には違いないが、彼らはシロとコガネを丁重に扱うのではないか?

 男はトランと交渉し、ある条件の下で協力する事を選んだ。
「じゃあ、手伝ってもら……」
 シロはそこまで言いかけ、言葉を止めた。
 そして、もしもこの事実がコガネに知れたときのをことを考えた。
 彼女の性格を考えれば、全て配れていなければ殺されるだろう。
 そして、その時に善意で手伝いを申し出たこの少女にまで手を出しかねないと。
「どうしました?」
 少女が心配そうにシロを見ていた。
 こんな良い子を巻き込むわけにはいかない、とシロは決意し、言った。
「その気持ちだけで十分だよ」
 少女の好意を無駄にすることに少なからず罪悪感と心残りを感じたものの、それ以上に少女を巻き込まずに済んだという安心感の方が強かった。
「や、やっぱり、私のことなんか信用出来ないでしょうか?」
 少女は目に涙を溜めながらの訴えにシロは思わず動揺した。
 少女の言っていることはあながち間違いではなく、少女の力を疑っているからこその判断だったからだ。
「……そんなことはないけど、でも、1枚でも残したら君もひどい目に会うかもしれないし」
 シロはもし、コガネがその場にいたら意識が飛ぶ程度ではすまないほどの膝蹴りが飛んでくること必至な発言をした。
「それなら大丈夫ですよ」
 先ほど浮かべた涙の影さえ見えない笑顔をしながら少女は言った。
「10分後くらいにこの紙を受け取ってくれる男の人の姿が見えましたから」
 自信満々に言う少女にシロは折れるしかなかった。
 シロは押しに弱い自分を心の中で罵倒しつつ、少女に対しての恨み言も忘れなかった。
「……じゃあ、よろしく」
「はい、任されました」
 少女は笑顔でそう言って、紙を受け取った。
 シロも半ば自棄になっていて、どうやったらコガネの怒りを沈められるかと考えていた。
 そうして数分間を過ごすと曲がり角の方から十数人の男たちが談笑しながら現れた。
 全員が同じ運動着を着ていることから同じ部活の人間なのだろうと推測できる。
「あ、あの!」
 少女が声をかけると男たちは少女の方を見る。
「あの、これ……貰ってくれませんか?」
 男たちは少女のいきなりの行為に驚きながら、少女の手に握られている紙を受け取る。
 そして、内容を見た全員が不審に思いながら少女を見直す。
「えーと、これは何かな?」
 先頭に立っていた男が少女に出来るだけ優しく訊ねた。
「この人が配れなくて困っていたので代わりに」
 そう言いながら、少女はシロを指差した。
 そして、それだけで男たちはどういうことかを何となく察したらしく、シロに同情的な視線を向ける。
「でも、これって受け取ったらヤバイんじゃ……」
 後ろの方にいた男がぽつりと呟いた。
 毎日のように吹っ飛ばされているシロはもちろんのこと、それ以外の人間にもコガネは危ない存在だと認識されていた。
 むしろ、シロはコガネのいいところも知っていることを考えれば、他の人間の方が危ないと思っているだろう。
 例え、内容が読めようが読めまいが関係なくコガネに関わろうとする人間は圧倒的に少数なのだ。
「大丈夫ですよ」
 しかし、少女はそんな不安など吹き飛ばしそうな笑顔で言った。
「あくまで、紙を受け取ってくれればいいんです。後で何かされるなんてことはありません」
「……本当に?」
「何かされたらシロさんと一緒に何でもしますよ」
 『何でもする』などという年頃の女の子の口から出てはいけないようなことを平然と言ってのける少女を見て多少は信用したのか、男たちはしぶしぶ了承するような素振りを見せた。
「……じゃあ、貰っていくよ」
「あ、言い忘れてましたけど、捨てるなら家で捨ててくださいね」
 少女がそう言うと、男たちは一様に動揺したが、すぐに諦めて歩いていった。
 少女はそんな男たちを見送ってから、シロの方を見る。
「これでいいですか?」
 その満面の笑みにシロはまた和んだ。
 少なくとも、シロの周りでは不足していた要素だった。
「ありがとう。おかげで助かったよ」
 そんな少女の笑みのおかげか、それとも、コガネに殺されなくなった安堵からかシロは簡単にお礼を言うことが出来た。
「(問題があるとすれば、参加してくれないだけど……)」
 参加してくれないということは当日に殺される可能性が高い。
 しかし、シロにとってはこの場を凌ぐことは出来たと考えられる十分な成果だった。
「いえいえ、困ったときはお互い様ですよ」
「じゃあ、君が困ったときは絶対に助けに行くよ」
 と、普段のシロからは想像も出来ないようなことを言った。
「……まぁ、俺なんかじゃ頼りにならないだろうけどな」
 恥ずかしくなったシロはそう言うことで恥ずかしさをごまかした。
「そんなことはないですよ。困ったときはシロさんに相談しようって思えました」
「それなら、いいけど」
 シロは恥ずかしさでそう呟くことで精一杯だった。
「それじゃあ、さようなら」
 少女はそう言って頭を下げると、シロが歩いてきた方へ歩いていった。
「……良い子、だったなぁ」
 もし、コガネがその場にいれば変態の誹りは免れないようなことを呟いた。
 もっとも、言われることが分かっていたとしてもシロはそう呟いていただろう。
 それくらいにシロは少女に感動していた。
「そういえば、何で俺の名前知ってたんだろう……」
 ふと、浮かれている自分に水をかけるようなことを呟いた。
 特に考えて出た言葉ではなく、漠然としているものだった。
 だから、占いで知ったか、不名誉な有名人になっている自分だから知っていたかのどちらかだろうと思い、すぐに考えるのを中断した。
 そして、少なくとも今日明日は死なないであろう状況に喜びながら、茜色に染まる校舎を後にした。
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