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 目をこすると、茜色の光がガラスを越えて部屋に入ってきた。
(ああ……。私、眠ってたんだ)
 ベッドから体を起こし、開けっ放しになっていたカーテンを閉めた。日光が目に焼きついてたからそのままベッドに腰掛けた。目が慣れて最初に見たのは、忌々しい一つ下の学年だった頃のテキスト。ふざけてる。
 それを手に取り、指先の上でクルリと回して壁に向かって投げ捨てた。それでも、まだ机の上には九冊も他の教科のテキストが残っている。いっそ全部燃やしたい。
(どうして、テストなんかで失言を弁解した事になるんだろう……)
 あの後、クロが教師どもと会議を開き、私を自宅謹慎、かつ全学年の全範囲のテストで三割以上の得点を取らなければ退学にすると決定した。多分教師どもは、学園の存在を否定する私の事を、座学の成績が悪いから学園の必要性などを理解し切れてないのだろう、とでも思ってるんだろう。魂胆なんて見え見えだ。クロはどうか知らないけど。
 気分が悪い。ベッドに倒れこむ。はぁ、と息漏れが聞こえた。ため息なんか吐いちゃったらしい。柄でもない。
(なーにやってるんだろ)
 何もやる気が出ない。当然だ。授業が割り当てられてない暇な教師が街で補導してるんだから、日中は外出も出来ない。だからって、こんなもの読むと思う? 冗談じゃない。それこそ出来の悪い三流小説だ。五流だ、十流だ、むしろ作品と呼べないゴミ屑だ。
 ――――疲れてる。何もしてないのに? なら憑かれてるって言ってもいい。何に? 不幸な空気? 行き場のない怒り? 思春期の憂いってやつ? どれもこれもしっくり来ない。
 寝返って仰向けになる。ベッドの宮に手を伸ばす。そこにある物を手に取り……、あ、埃被ってる。駄目だなあ、私。
 厳しかったけれど本当は優しい父と、いつも家事を楽しそうにこなしていた母がいて、田舎の庭の片隅、大きなイチョウの木の下、ショートカットの栗色のあの子の髪が揺れていて…………。
 これを見る度に色々蘇る。その色々が何もかもが吹き飛ばしていく。木枠にはめ込まれたガラスの向こうには、一枚の紙切れ。そこには見慣れない顔で笑っている昔の私と――――

(……ねえ、ミシェル)
「…………私、何してるんだと思う?」

 ――――いつも通りの笑顔で笑っている、かつての友がいた。



「コガネよ、独り言が多いのは迷っている証拠じゃぞ」
 何の前触れもなく、聞き慣れたしわ枯れた声が静寂の部屋に響いた。
「棟梁、人の家に、…………せめてレディーの部屋に入る時くらい、ノックの一つでもしてください。あと、あんまりポンポン出たり消えたりしていたら捕まりますよ」
 写真立てを宮に戻し、ベッドの縁に座り直す。すまんのお、と悪びれた風もなく謝っている、屈強な中年男性の姿が目に入る。空間転移術の神出鬼没っぷりというか不法侵入上等な物腰といい、ここに住む事になってからはめっきり見なくなった赤青白の民族衣装の洗濯糊の張りっぷりといい、相変わらず元気そうだ。でもいつの間にやら伸ばし始めたその白髭は似合いませんよ?
「して、その様子じゃと学校生活はイマイチのようじゃの」
 図星だ。このちょっとの間に、一体何を見たら、私のこの様を学校生活と結び付けられるのか教えて欲しい。
「別に大した事じゃないです。ちょっと、生徒会長に『学園とは魔法と科学の融和のためにある』って言われて、『西』と『東』は歩み寄る必要はないって言ったですよ」
「それはさしもちっぽけな事じゃな」
 ――――そう、この感触、物の考え方。科学側(あいつら)もクロも、もしかしたらシロも、きっと分かってくれないこの会話。それを棟梁だけは分かってくれている。
「のう、コガネよ。ワシはちょっと楽してテレビをつけようと思う」
「はぁ」
 いつもの事だが我ながら間抜けな声が出た。その直後、棟梁は突っ立ったまま、テーブルの上にあったリモコンを浮かし、自分の手の中へと導いた。そして、おもむろに電源ボタンを押し、十七インチのテレビからニュース番組が流れ出した。リンゴ園が台風の影響で悲惨な出来らしい。
「で、これが何か? それと棟梁、あんまり無詠唱ばっかりやっていると捕まりますよ」
 めんどくさい街じゃのう、と棟梁はボヤき、テレビの電源を切って歩いてテーブルにリモコンを戻した。
 再び、部屋に静寂が訪れる。
「コガネよ。『西』と『東』は歩み寄る必要はないと言ったな? では、『魔法』と『科学』は歩み寄る必要はないと思うか? いや、『西』と『東』は共存出来ると思うか? 『魔法』と『科学』は共存出来ると思うか?」
 ――――ああ、この人はなんて素敵な事を言ってくれるんだろう。
「ワシは今、浮かして手の内にリモコンを呼び込み、ボタンを押してテレビを点けた。これはどういう事か分かるか? これは『魔法』でリモコンを取り、ボタンを押して『科学』の物を動かしたという事じゃ。コガネよ、ワシの言いたい事が分かるか?」
 笑っていた。肩で笑っている自分がいた。さっきまであんなに憂鬱だったのに、どうしてこんなに笑う事が出来るのだろう。
「魔法と科学はとっくに共存している、と言いたいのでしょう? そして……」
 言いたい事があったけど、棟梁は私の言葉を遮った。続く棟梁の言葉は、私の望む物だと思っていた。
「あの学園は不要である。という事じゃ」
 でもそれは――――違う。
「魔法と科学はお主の言う通り、『西』と『東』の技が出逢った時点で、もっと言うなればワシらが科学の道具を扱った時点で共存は達成された事実なのじゃ。ワシはこの街を『西』と『東』の共同で建設していた頃が、一番お互いが共存していた頃じゃと思うわい。もう五十年は昔になるかの、この空に浮かぶ大都市が完成したのは」
 ――――違う。
「『東』の技で街を築き、『西』の技で消して落ちる事のない場所とした。もし『東』にこの街があれば『東』の物と言い、『西』にあれば『西』の物だと言う時代が来ていたじゃろう。じゃから海の底から土を掘り返してこの街が造られた時はワシは感動したぞい。永世中立に相応しい、素晴らしいシンボルじゃとな」
 ――――違う。私は。
「それが今ではどうじゃ? 空港から降りてきてまずパスポートを見せいと言われたわい。いやいや、一応ここは『西』でも『東』でもない国じゃから、見せないかんとは思うぞい。じゃがな、『西』と『東』の亀裂をなくしていく為に第三の国が出来てどうする? 元は同じ国同士なんじゃからこそ、こんな物失くすべきじゃと思わんか? しかも空港で働いとるジュンちゃんが言うにはのう、『西』から来たら『東』の者が、『東』から来たら『西』の者が検閲に選ばれとるそうじゃ。まったくふざけとる――」
 ――――違う! 私はそんな事が聞きたいんじゃない!
「棟梁!」
 思わず、大声を出してしまった。ハッとして棟梁の顔を見ると、案の定、驚き顔がそこにあった。
「…………すまんの。詰まらん話をして。コガネよ、お主がヒルグらのせがれ……シロじゃったかの。あの事故からあやつの居れる所はこの街しかないからといって、進んで着いて来てやってくれた事を本当に感謝しておるよ。しかしワシはお主をこんな下らんいざこざのど真ん中に追いやって心苦しいんじゃ。昔はの、この街もいい所だったんじゃ。ワシは『西』の代表の一人として、はよう昔のあの平和で活気のある街にしてやりたいんじゃ。それも全部あの学園が出来てから――」
「棟梁!」
 また、怒鳴った。
 ――――今日の私は、どうかしてる。
 そんな私を見てどう思ったのか、棟梁はふぅ、と小さなため息を一度だけ吐いた。
「…………コガネよ。いや、バルフレム=シャンホーテンよ。お主が類稀な才能を芽吹かせ、花開く事があればゆくゆくはワシらと共に、いや、次の世代を引っ張っていく時代の担い手となるじゃろう。ワシはな、お主が座学を少々周りの期待に応えられずとも、なんら構わんと思っておる。もしも、行く所がなくなった時はワシらの村へ帰ってくると良い。そこで静かに暮らして……、お主なら少々騒がしく過ごすかのう。じゃから、『西』じゃの『東』じゃのと口うるさい事に捕らわれず、自分の良いと思った事に自信を持てい。今、ワシに食って掛かろうとしたようにの」
 それだけ言うと、棟梁はふっと柔和な笑みを見せた。その笑顔も、相変わらずだ。
「私は……」
 俯く。なぜだろう、視界が、歪む。何が悲しいのか、分からない。ああ、くそ、泣きそうだ。だから、早く安心して帰ってもらわらなきゃ。
 鼻をすすって必死に涙を堪える。溢れそうな涙を袖口で拭い、歯を食いしばって顔を上げてやった。

「私は、学園を卒業します。それが、私の、そして両親の願いです。退学なんて、誰に頼まれても絶対にしてやりません。退学させようとしてくる奴全部ブッ倒してでも居残ります」

 それだけ言うと、棟梁はもう一度笑い、クルリと私に背を向けた。
「お主がいつでも暮らせるよう、随分昔から計らっておる。それはこれから先、お主が村に帰ってくるまで続ける事を、お主の真名(まな)と、生涯一度も魔法を使えなかった、お主の両親に誓おう」
 ハイ、と答える前に棟梁は、持ち前の素早さで私の視界から溶け失せた。部屋に静寂が戻る前に『そろそろ最後の飛行機がなくなるでな。達者で暮らせい』という声が辺りに残響していた。
 それはいいけど、人と約束する時は、人の目を見てからしてくださいっていつも言ってるのに、本当に何も変わってない人だ。あと、頼むから無詠唱魔法を人の部屋でしないで欲しい。警察が来たらどう説明しろって言うんだ。
 ベッドに仰向けで倒れ込む。宮に手を伸ばす。そこにある物を取り、……埃、拭かなきゃな。
(……ミシェル。棟梁が学園の事悪く言って、私、分かったよ。父さんも母さんもシロのご両親から学園の良い所をいつもいつも一杯聞いてたから、幻滅したくないんだって)
 写真の彼女は頷くように微笑んでくれている。今の私にはそれが凄く心強かった。
(それに、心配なんだ。魔法を使えないあなたと、父さん母さんが酷い目に遭ってたから、同じようになるんじゃないかって。しかも私と同じ境遇の人が! 私のこの、これだけ力は、誰かを守るために父さんと母さん二人が一生に使える力を全部くれたんだって思ったら、私は一緒にいるしかないじゃない!)
 そうだ! って言ってくれている気がした。ううん、彼女ならきっと言ってくれる。今でも、天国から。
(……ミシェル)
「私、頑張らなきゃね。形だけでもいい点、……やっぱそれなりの点、取ってかなきゃ。処世術ってのは女に必要な技術の一つだよねー」
 あはは、と自分の笑い声が部屋に響く。なんか、寂しい一人事言ってると思う。あーもー、ミシェルも笑うな。
(お腹空いたな)
 たしか今日はスーパーでジャガイモと玉ねぎが特売だったはず。ニンジンはあるけどルーがない。ついでにお米も炊いてない。こういう時は人様に頼るに限る。それも、出来ればイライラせずに楽しくなれる奴。そんな奴、一人しかいない。
「もうこの時間に外出ても補導される事はないし、いっちょ顔を見に行ってやりますか。シロったら私がいなくても一日過ごせたのかな。……いいや、絶対寂しがってたに違いない。私の勘がビシビシそう言ってるわ。ならお望み通り愛しいお顔を拝ませてやらないとね。見返りにカレー作ってもらうけど。ついでに、勉強教えてもらうけど」
 台所に転がっていたニンジンと、壁に投げ捨てたテキストを持ってベランダの窓を開いた。春の夜の涼しい風が心地良い。
 サンダルを引っ掛け、詠を奏でる。ベランダの窓が内側から閉まり、体が中に浮いていく。そう、ちゃんと詠唱さえすれば、ウルサイ生徒会に目をつけられる事はないのだ。

 私は風を切り、シロの家目掛けて飛んで行った。
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「あぁ、紹介します。 こちらは私の妹の――バイオレットです」
 トランの言葉を継ぐように、その少女はペコリ、とお辞儀をした。
「みなさん、初めまして。突然お邪魔して、スミマセン。……でも、絶対に今がいいチャンスだと、この子が言うものですから」
 そういいながら、少女は胸元に抱え込んでいたシルバーカラーの貝殻状の何かに向かって、「だよね?」と語りかけていた。
 そんな少女の様子を見つめ苦笑しながら、トランは言葉を継いだ。
「シロ君を欲しがっていたのは、私ではなくて実はバイオレットのほうでね」
「「「ええぇ?」」」
 クロ、コガネ、ルリの声が綺麗に重なる。だが、トランはそんなことを意に介さずに、ただひたすらにシロを見つめながら話しを続けた。
「ただ、妹は――――そう、少し引っ込み思案のところがあるのでね。ついつい手を貸してあげようと思ってしまったんだ。それであんな不躾な物言いをして君を試してしまったという訳だ。ほんとうにすまない。」
「試した、……って? オレに一体何を」
「あの時、私は君に精神操作を仕掛けたんだ。……君に『特定の思い人』がいないかどうかを確かめるためにね」
「「「……特定の、思い人」」」
 クロ、コガネ、ルリのつぶやきのハーモニーが奏でられ、視線がシロに向けられる。
「ただ、そのことをバイオレットにものすごく攻められてしまってね。だから、こうして侘びに来たのだが……許してくれるかい?」
 そう言うと、トランはじっとシロを見つめてきた。
「ゴメンなさい、シロさん。お兄ちゃんが勝手にそんなことをしていたなんて、私、ちっとも知らなくって……私のこと、嫌いになっちゃいました?」
 そういいながら、ウルウルとした目で見つめてくる少女。
「いや、その、ってか、つまり、えっと……」
 そうしどろもどろに答えながらも、シロはどうこの状況から抜け出そうかと、ただひたすら考えていた。
クロ、コガネ、ルリの冷ややかな注目を浴び、なんら見ず知らずのポニーテールの生徒会役員の好奇の視線を浴び、トランとバイオレットの熱い視線を浴び。
――――あぁ、オレ、何か悪いことをしたっけ……まさか、これはチラシ配りを手伝ってもらった天罰なのか?
「あは、あははは、ははははは……はぁ」
そんなことを思いながら、乾いた笑い声をあげるしか出来ないシロであった。


――――― コンコンコン。 ――――

 そんなシロの窮地を救ってくれたのは、開け放たれていた生徒会室の扉をノックする音だった。
「青春っ盛りのところを、申し訳ないんだけれども。ちょっと生徒会長さんに話があるんだけど、いいかな?」
 扉の外に立っていたのは、2メートル以上もあろうかという筋骨隆々の男だった。
「お兄さ…………コホン。私に話とは、一体なんの用です?」
「スミマセン、会長。ちょっと鍛錬場修繕についての予算について、折り入って相談しなければならない事が出来まして」
「……仕方がありませんね。では、コガネさんの件については、又後で、といたします。皆さん、下がっていただけますね」
「ハイ、では、失礼いたしました!」
 クロのその言葉に、間髪をいれず頭を下げ、まるで水を得た魚のように生き生きとして部屋を出て行くシロ。
「あ、シロさん、待ってください……って、きゃぁ!」
 シロのあとをいそいそと付いていった……と思いきや、いきなり転ぶバイオレット。
「やれやれ。あいかわらずだな、バイオレットは。ところでシロ君、私を許してくれるのかい?」
 そういいながら、なにやら難しい顔をしながらシロのあとを追うトラン。
「あのヘタレに……そんな、そんなこと、ありえない」
 なにやらブツブツと言いながらも、シロ(とバイオレット)のあとを追うようにして出て行くコガネ。
「あ、おねぇさまぁ、まってくださいよぉ」
 そういいながらコガネの腕にぶら下がって出て行くルリ。
「それでは、私も失礼いたします」
 そういいながら、扉を閉めて出て行くポニーテールの生徒会役員。
「「………………」」
 そんな彼らの喧騒が遠ざかり、辺りに静寂が訪れるまで、残った2人は無言で見詰め合っていた。
「……で、予算だなんて嘘をついて、一体なんなんですか? お兄様」
「ん? そうだなぁ。……強いていえば、クロちゃんとちょっと話がしたくってね」
「だから、その話の内容を聞いているのですが。断っておきますが、嫌味は聞きたくありませんから。今回の件は、絶対にあの2人が悪いのです」
「あぁ、そんなことじゃなくってね。ただ……PTAが動いているようだよ、と伝えておこうかな、と」
 その言葉を聞いたクロの顔が、さっと引き締まる。
「なんですって!? まさか、そんな」
「いやぁ、それがどうも本当らしいんだなぁ」
 PTA―――― Post Technology Association と名乗る団体。
 彼らはこれからの世界の主導権を握るのは科学ではなく、魔法と科学の両方を極めた者たちだと信じている、そんな人たちの集まりだった。
 彼らは学園都市設立時こそ強硬な姿勢をとっていたのだが、都市部に学園の卒業生が増えるにしたがって徐々にその態度を軟化させ、ここ何年かはその存在が確認されていなかったのだ。
 うわさでは何年か前の飛行機事故に関係していたとも言われたが、その証拠はついに挙がらなかった。結果、彼らはすでに存在しないのでは、と、半ば過去の歴史として語られるだけの存在になりつつあったのだ。
「なんで今頃になって、彼らが」
「さぁ? それは彼らに聞いてみないとねぇ」
「…………それで、お兄様は何故、私の頭を掻き回しているのですか?」
「ん? そうだなぁ。……強いて言えば、クロちゃんが可愛いから?」
「あぁ、もう。これは止めてくださいっていつも言っているのに。私にだって、我慢の限界があるんですよ?」
 そういいながらも、クロの表情は別段イヤそうには見えない。
「減るものじゃないから大丈夫」
「……馬鹿に、してます?」
「まさかぁ。ただ、クロちゃんの緊張をほぐしてあげようかな、と」
「…………ズルイです、お兄様は」
 すっと体を離して、拗ねたような声を出すクロ。
「かもね。まぁ、クロちゃんはとりあえず……」
「とりあえず?」
「シロ君から、沢山の事を学んで欲しいな。PTAの相手は、出来る限りこっちでするからさ」
「…………。」
 その言葉に、クロは顔を曇らせながら下を向いてしまう。
「不満? でも、そこは我侭を言わずに聞いて欲しいな。PTAが動き始めたということは、もう一方が動き始めるのも時間の問題だろうからね」
「もう一方?」
「あぁ、それは今はまだクロちゃんは知らなくてもいいよ」
「そんな! 私は、この学園の生徒会長として!」
 思わず、といった感じで顔を上げ、声を張り上げるクロ。
「私だって、微力ながらお兄様のお役に立てます!」
 2人の視線が絡み合う。一方は、力強い意思をこめて相手を見つめ、もう一方は、慈しむように相手を見つめる。
「ふふっ。大丈夫大丈夫。そんなに肩肘張らなくっても、クロちゃんは良くがんばっているよ」
「…………」
「それに、シロくんから沢山学んでくれた方が、結果として、みんなを助けることになるんだからさ。ね?」
 そういいながら、男はクロをやさしく抱きしめる。
「……ズルイです、お兄様は」
 真っ赤になったクロが、うつむきながら、ポツリと呟く。
「大丈夫大丈夫。あせらずゆっくりと、少しずつ大きくなればいいんだから、ね?」
「………………」
 二人の周りにだけ、時間が止まったかのような柔らかい空気が漂っていた。
「だからさ、過去の亡霊たちの事はこっちに任せて。その代わり、クロちゃんたちは……」
「……未来の可能性を、紡ぐんですね?」
「そういう事。さすがは生徒会長さん。お願いできるかな?」
「解りました。ただ……」
「ただ?」
「お兄様も、気を付けてくださいね」
「了解。忘れないように努力するよ」
 そういい残して、男はふっと掻き消えてしまった。
「お兄様ってばまた無詠唱で魔法を……」
 そうつぶやきながら、クロもまた、毅然とした足取りで生徒会室を後にするのだった。
 生徒会室でトランの妹が登場したその頃。
「で、状況はどうなっている?」
 男が少女に問いかける。
「別に何も変わっていないわよ」
 少女が答える。その口ぶりには苛立ちが見え隠れしている。
「こちらとしては早々に決着をつけたいと思っているのだがな」
「上の意向なんて知ったことじゃないの。こっちにも時と場を考えさせてもらえないかしら?」
「魔法を使える者を相手にするとなるとこちらの手持ちはどんどん数少なくなっているのは分かっているはずだ。先日の大事故のあと十人以上が・・・・・・」
「分かってるわよ。目の前で殺されるのを見てたんだから。あいつとは一緒にいるだけでも虫唾が走るわ」
 苦々しげに表情をゆがめる少女は男を睨みつける。
「殺すのを何も思っていないあの筋肉馬鹿は特にね。その上の金髪はまだマシ」
 少女の怒りに男はたじろぎながらも話を続けていく。
「彼らはまだ動かない?」
「私が関知している以上ではないわね。ただ、金髪の上にまだ大きいものがいて、金髪は詳細を知らされていないらしいわ」
「そうか」
 少女が言葉を切ると男は肘をつき考え込むような姿勢をとった。
「でも金髪は金髪なりに考えてはいるみたい。あとはそこの報告書でも読んどいて」
「・・・・・・」
 返ってきたのは沈黙だった。少女は舌打ちして席を立つ。
 と同時に、男の携帯がなった。
 2・3言葉を交わした後男は少女の方を向いてこう言った。
「トランが動いた。対応はそちらに任せる。では頼んだ、ヴァイオレット」
 少女はまた舌打ちをして男を睨む。
「その名前は嫌いなのよ。その名前は極力呼ばないようにしてもらいたいわね」
 そう言って紫の長髪が印象的なその少女は男に背を向けて歩いていった。
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