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「公務執行妨害の罰? はっ、何ほざいてんだか、このアマ!!」

 怒声と共に、ベリアルの鉄球が唸りを上げて繰り出される。

 しかし、やはりそれすらも少女を傷付けることができない。

「……オラ!」

 だがそんなことは先刻承知とばかりに、鉄球の軌跡が変わる。――――少女とシロの周囲を回るように。

「きゃっ。危ないじゃないですか。当たったらどうするんですか」

 少女は心底ビックリしたというように、目を丸くして抗議する。

「大体なんですかあなたたちは。普通はここまで言われたらおとなしく従うのが当たり前じゃないですかそれなのになんていうかその……あぁ、思い出した傍若無人って、あれ? ちょっと違うなぁえっとそのまぁなんでもいいですけど、とにかく言語道断っていうかなに考えてるかわかんないっていうか……」

 ベリアルの鎖はシロを縛り上げている。……一緒に縛ったはずの少女には、なぜか触れることすら出来ないでいた。

「ちっ。なんなんだよ、このバカは!」

「え~っ。あなたのような筋肉達磨にまでそんなこと言われたくありませんってか人の話を聞いているんですか、第一……」

「だーーーうぜえうぜえ!」

 またもや発言を途中でさえぎられた少女は、両方の頬を『ぷくーっ』とむくれさせる。

「……バカ女に決定、だな」

「……そう? 以外に事実を付いていると思うけど?」

 ため息とともに呟くベリアルに、ベノムが冷静な声をかける。

「ベノムもそんなことで突っ込んでいる暇があったら弾でも何でもさっさと突っ込むなり何なり……ってそこのバカ女! 何顔を赤らめてんだよ!!」

「――――たまを突っ込むだなんて……いやいやん。初めてなんだからやさしくしてってそうじゃなくて私の趣味的にはどっちかっていうと……」

「だーーーうぜえうぜえうぜえ! 何考えてんだ、お前は。ベノムに玉がついてっかよ! 『純情可憐』だってんならシモネタ発言じゃなくそれらしい発言をしろよ!」

 そういいながらも、鎖で縛り上げたシロを手元に引き寄せようとするベリアル。

「だから、人の話を聞いているんですか? この少年をこちらに渡してください。そうすれば、この場で暴れていたことを今は見なかったことにしてあげますってさっきから言っているじゃないですか。じゃないとクロちゃ……生徒会長に私が怒られちゃいます」

 そういいながら、少女が負けじと鎖を引っ張り返す。

「ってバカ女、オレの大切な相棒に触るな! 穢れるだろうが!」

 ベリアルが慌ててシロを鎖から開放して、鉄球を手元に引き戻す。

「バカ女バカ女って失礼です。私にだってちゃんと名前があるんですから。いいですか、私の名前は……」

「うるせぇ! お前なんかバカ女で十分なんだよ! 女の分際で偉そうにでしゃばるんじゃねぇよ!」

「あーっ。それって時代遅れの男尊女卑です、あなたって見掛けはちょっといいのに頭の中はダメダメです。もういいです、私怒っちゃいましたから。やっぱり、公務執行妨害の罰としてみなさんには痛い目にあってもらいますもん」

「……この筋肉馬鹿が「見掛けはちょっといい」? 可哀想に。あなた頭がおかしいんじゃない?」

 マガジンを装填し終えて、少女の隙を窺っていたベノムが、『思わず』といった感じで声を上げる。

「おう、その通り……じゃなくって、その言い方じゃあ俺が不細工みたいじゃんか、ベノム。お前はどっちの味方なんだよ!」

「…………味方も何も、見てくれはこの際関係ないと思うんだけど」

「もうだからなんでみんな私のこと無視するんですか。私のいってることわかってます?」

「…………あなたと違って頭はちゃんとしてるから、大丈夫」

「それって酷いです、まるで私がバカみたいな言い方じゃないですか。そりゃあたしかにこの間のテストは全く書けなくって白紙だったけど、でもでもそんなことで人間の価値が分かるモンじゃないと思います。そうですよねぇ?」

「ってオレに振るなオレに!」

「……同病相憐む」

「うるせぇ、ベノム! あぁ、もう。だから女なんて死んだほうがましだってんだよ!」 

「だからそれって時代遅れの男尊女卑です、あなたって……」



 もはや『戦闘』というよりは『口げんか』の様相を呈してきた場の真ん中にいて、シロは一人パニックに陥っていた。

 ――――何で、何でコガネは帰って行ったんだろう。もうコガネは自分のことなどどうでもいいのだろうか。『何かした』と言ってたけど一体『何をした』んだろう。そもそも『何かされた』くらいでコガネがあっさり引き下がるなんて変じゃないか。ああ、そっか、ひょっとして自分はコガネにすら嫌われてしまったんだろうか。やっぱりみんな、ボクのことが嫌いなんだ。ボクハイキテチャイケナイノ?

そう考えてしまったシロの頭の奥底で、何かが『プチッ』と音を立てた。その瞬間、周囲の温度がわずかに下がる。

「……!? ここはいったん下がるぞ!」

 周囲の変化に気づいたトランが、撤退命令を下す。だがしかし、時すでに遅く、事態はすでに収集不可能になってしまっていた。

「な・なんだってんだよ、今度は!」

 ベリアルが、毒づく。体中から、体力と魔力が強制的に吸い上げられていく。その間にも、周囲の温度がぐんぐんと下がっていく。

 ――――ありとあらゆる物質からエネルギーが奪われていく。水蒸気が空中で気体から固体へと位相を変える。

「うわぁ……ダイヤモンドダストですねぇ。……きれい……」

「こ…このバカ……女。…………きれいで、……済む……問題……かよ」

 体力に自身があったベリアルですら、立っているのがやっとだ。ベノムはすでに膝まづいてしまっている。

 今にも倒れこみそうな己の体を気力だけで維持しながらも、トランは流れ行く魔力の行く先を――――感情の消失したシロを、見据える。

 周囲のあらゆる物質から、エネルギーと魔力が、シロに集中していく。そこにどんな法則があるのかを、トランは見極めたかった。だがしかし、その仕組みが、分からない。

「や…べえ……。このまま…じゃ、……あの女…に…かけた……魔法が……解け…ちまう」

 ベリアルが、片膝をつく。周囲の黒服の男たちは、すでに気を失っている。

 周囲からの膨大なエネルギーと魔力が、シロに集積されていく。だが、シロ自身が何かの魔法を使っている様子は、全くない。だからと言って、この現象が自然に起こりうるはずがない。

「…………うわぁぁぁぁぁぁぁ! 誰か助けて!」

 そうシロが叫びながら頭を抱え込んでしゃがむと同時に、今まで集積されていた魔力とエネルギーが、一気に全方面に開放される。

 シロを中心として、周囲の全てのものが弾き飛ばされていく。

「……くっ! これが……これがシロ君をほしがった理由なのか! グレイス!?」

 吹き飛ばされながらも、トランはシロを見据え続けた。――――続ける事しか出来ないでいた。

 シロを中心に周囲500m程の空間にある全てのものが、弾き飛ばされていく。――――さながら、シロが爆心地のようだった。



 あたりが静まり返ったとき、そこには誰一人として動くものはなかった。シロを含め、ベノムやベリアル、トランですら気を失っていた。

 ――――否、たった一人、シロに寄り添う少女の姿だけが動いていた。

 尊大な態度のように見えながらも、どことなく優美なしぐさの少女。金色の縦ロールが、やさしく揺れている。

「……ヘタレの癖に。全くもう、無理しちゃって」

 そういいながら、コガネはシロの体を優しく抱き上げる。――――いわゆる、「お姫様抱っこ」というやつで。

「さぁ、家に帰りましょ。……連れて帰ってあげる借しは、一瞬あなたのことを忘れてたことでチャラにしてあげるから」

 ふわり、とコガネが宙に浮く。そしてそっと滑るように空中を流れていく。

「ふふっ。でも、また助けるつもりで助けられちゃったわね」

 そういいながら、コガネは腕の中のシロをやさしく見つめている。

(……ねぇ、ミシェル。私、頑張らなきゃね。私のこの力は、父さんと母さん二人が一生に使える力を全部くれたんだもんね。大切な『誰か』を守る為に)

「……もっとも、このヘタレが大切かっていうと、どうなのかしらねぇ?」

 あはは、と照れたような笑い声が空に響く。夕日を受けてコガネの顔がほんのりと色づいて見える。あーもう、恥ずかし事考えてるなぁ、そんな呟きがもれる。

「――――だよ、シロ」

 だがしかし、コガネのその言葉を聞いていたのは、黄昏つつある空のみだった。


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「え……?」
 シロはその光景を理解できなかった。
 何故、コガネがトランたちを攻撃しないのか。
 何故、コガネが踵を返して帰ろうとしているのか。
 何故、自分を助けようとしないのか――
「間一髪だったな」
 トランは言葉とは裏腹に落ち着いた様子でそう呟いた。
 確かに、コガネの襲来は凄まじいものだが、それでも、十分に予想の範囲内であるが故に恐れるものではない。
 ある程度、襲撃の時間が予想できるコガネと違い、PTAからの刺客は予想が出来ない。
 さらに、何よりも一人である保障もないのだ。
 そう考えれば、単身で何の策も無しに突撃してくるだけのコガネはどれだけ楽なことか。
「……これで、君の助けはもう来ない」
 なるべく早く済ませようと思い、トランは再びシロに話しかけた。
「何で、何でコガネは帰って行ったんだよ!? お前らが何かしたんだろ!?」
 シロはいつもなら考えられないような声量で叫ぶ。
 コガネが自分を助けなかったことが不安や恐怖に対する限度を超えてしまったのだ。
「確かに、コガネくんに何かをしたね。 だけど、それがどうしたっていうんだ」
「……っ!」
 しかし、トランにとってそんなこと指摘されようと痛くも痒くもない。
 コガネのあのような変化を見れば、何かをしたことがすぐにバレることなど考えるまでもなく当たり前だからだ。
「もういいじゃないか。 君が戦いたくないというのなら何も言わない。 ただ、私たちの仲間になってくれるだけでいいんだ」
 トランはシロを安心させるために今までと打って変わって優しさを込めて言った。
 無論、いくらヒルグの息子だからといって戦線に出ないことが許されるわけない。
 それどころか、扱いとしてはリーダーに近いのだから戦線に出てくれなければ不満を生み出すこともある。
 しかし、トランはあえてそのことを伏せた。
 何故なら、そのことを教えることにメリットがない。
 それならば、シロがしぶしぶでも動かざるおえない状況にする方がよっぽど得策なのだ。
 そして、トランの個人的感情としてはシロを戦線に出すようなことはしたくないと思っていた。
 もし、シロが戦線に出るようになれば、味方の士気はあがり、コガネが仲間になるのだから戦局は有利になるだろう。
 しかし、そうなれば今のトランたちのリーダーである『彼女』を差し置いてリーダー扱いされてしまうのは明白。
 その方がいいと理屈では考えていても、感情としては納得できなかった。
「(私もまだまだ甘いな……)」
 もし、本気で彼女のためを思うというのならば、シロがリーダーのような扱いを受けるほうがいい。
 それにも関わらず、それを良しとしないのはトランの『彼女は一番輝き続けて欲しい』という思いがあるからだ。
 トランはそんな自分を客観的に見て自分にも少しは年相応の感情があるのかと自虐的なことを考え、すぐにそんな自分を叱咤して今の任務であるシロの勧誘に集中しようとする。
 しかし、シロの隣にいる少女が目に入り、思わず硬直してしまう。
「あれ、何で飛べな……あ、そういえば魔法を無効化するかもってクロちゃん言ってたっけ。 どうしよ、こんなとき、どうすればいいんだろ……」
 少女はシロの二の腕を掴みながらオロオロとした様子で周囲を見回している。
 そんな少女をいち早く危険だと判断したベノムは何の予告も無しに機関銃による頭部への射撃を行った。
 しかし、その攻撃は一発も掠ることさえなく少女を通り過ぎていく。
「あ、危ないじゃないですかー!」
 確実に当たったと思っていたベノムたちは予想外のことに驚いた。
 驚かなかったのは魔力が見えるトランだけである。
「君は……何者だい?」
 少なくとも、トランの知る限りではPTAに少女がいた覚えはない。
 もちろん、全員を把握しているわけではないが、それでも、少女はPTAの刺客ではないだろうと判断してもいいくらいに少女とPTAが結び付かなかった。
「私の正体ですか? いい質問です」
 つい、数十秒前まで怒っていたはずの少女は満面の笑みを浮かべていた。
「私は生徒会所属の純情可憐な」
「そうか、生徒会か」
 特に少女の名前などに興味がなかったトランは少女の長くなりそうな前口上を切った。
「な、なんということでしょう……名乗れと言うから名乗ってあげようとしたのにこの仕打ち……!」
 そんなトランの心ない対応にまた怒り出す少女にベノムは「こいつは馬鹿なんじゃないか?」と油断しかけるが、すぐに生徒会の一人だということと自分の攻撃を避けたという事実を思い出し、警戒し直す。
「まぁいいです。 それより、この少年をこちらに渡してください。 そうすれば、この場で暴れていたことを今は見なかったことにしてあげます」
「……それで引け、と?」
 少なくとも、もう戦う力の残されていない自分や部下たちはこの少女に勝てないだろうが、それでも、 ベノムとべリアル二人なら十分にこの少女に勝てる自信があると考えていた。
 何より、「今は」というのはつまり、後で言及するということである。
 PTAだけでも厄介だというのに生徒会まで敵に回す気などない。
 だから、トランたちはこの少女がこのことを喋れないようにする必要があった。
「いや、彼の顔を見てください。 真っ白じゃないですか」
 返事はベノムの機関銃による射撃だった。
 シロを狙わないようにかつ、少女を確実に殺してしまう部位を狙う。
 しかし、今度も一発も当たることなく少女の身体を過ぎていった。
「しょうがないですね……これより、公務執行妨害の罰としてみなさんには痛い目にあってもらいます」
 少女は満面の笑みでそう言った。




 雨が降っている。
 まるで、雑音を消し去ったかのように静かに―――
「ところで、君はどこまで不思議なことを信じるかな?」
 突然、俺の隣を水色の傘を差しながら歩いている智代はそう訊ねてきた。
 俺が珍しく詩的なことを考えているというのに、それを邪魔するとはなんということか。
 もっとも、一緒に帰ろうと誘ったのは俺なのだけど。
「……別に、特にそういうのは信じてない」
「そうか、それは残念だねぇ」
 何故かアンニュイな表情を浮かべながら溜め息を吐く。
 これだけを見れば、それなりに男にもモテても良さそうなものなのに。
 しかし、ある事件のせいで智代は嫌われ者―――いや、腫れ物の扱いを受けている。
 もしかしたら、この長い紫色の髪も関係があるのかも知れない。
 紫と言うと、毒などのイメージもある。
 いや、これは俺の偏見だけど。
「見えないだけで本当はいるのにねぇ」
「まるで実物を見たかのような口ぶりだな」
「うん、実は見たことあるのだよ」
 さらりと電波な発言をする智代。
 前から変だとは思っていたけど、まさかここまでとは……。
「それ、見間違いとかじゃないのか?」
 念のため、確認を入れておく。
 もしかしたら、悪魔のような格好をした人を見たという意味かも知れない。もしかしたら。
「一応、本人は自分のことを悪魔だって名乗ってたけどねぇ」
 自分で悪魔を名乗るなんてどんな変人だよ。
「まぁ、本当に悪魔だったなんてどうでもいいんだよ。問題は私が彼を悪魔だと思ってるかどうかなんだからねぇ」
「どういう意味だよ?」
「大したことじゃないさ」
 智代は少し声を小さくして言った。
 その顔は笑顔を浮かべるでもなく、涙を浮かべるわけでもなく、ただ無表情だった。
「じゃあ、今までの会話は何だったんだよ」
 まさか、ここまできてただの雑談だというわけじゃないだろうし。
 というか、そうだったら嫌すぎる。
「いや、話が逸れてしまったけど本当はこういうのを信じているかどうかを聞きたかっただけなのだよ」
「へぇ、そうなのか……で、何のために?」
「それはお楽しみという奴さ」
 智代は意地の悪そうな笑みを浮かべながら言う。
 一体、どんな悪戯を仕掛けたというのだろうか。
「まぁ、いざというときには明日にでも相談に乗ろうじゃないか」
「相談しなくちゃいけないほどなのか!?」
 どれだけヒドイ悪戯を仕掛けたんだ。
 というか、本当に悪戯の範囲なのか?
「それじゃあ、今日はこの辺りで失礼させてもらうよ」
 そう言うと、智代は十字路を右に曲がって行ってしまった。
 悪戯の範囲、だよな?
「……気にしててもしょうがないか」
 その時になれば、きっと自分の心配が杞憂だったと思うはずだ。多分。
 そう思いながら、ゆっくりと雨道を歩く。
 しかし、一人で帰ると本当に静かになるな。
 別に寂しいということはないけれど。
 だからと言って、一人だけで嬉しいというわけでもない。
 むしろ、雨が降っているという事もあってかなり気落ちするぞ。
 あ。そういえば、今日は二人とも帰りは遅いんだっけ?
 そんな取り留めないことを考えているとそこに一人の少女が倒れていた。
 ……いやいやいやいや、あれはただあの場所で寝てるだけだ。
 きっとそうだ。そうに違いない。
 そう考え、そのまま立ち去ろうとした。
 しかし、この雨の中で放置すればこの少女がどうなるかを考え、足を止める。
「……もしかしたら、これが智代の仕掛けた悪戯か何かじゃないだろうな」
 俺はそう呟いて、少女をおんぶしていくことにした。
 さすがに、こんなところで死なれたら目覚めが悪い。
「……軽いな、この子」
 この年代の子はみんなこんなものなのかどうかは分からないけど、どうなんだろうか?
 この年代全般が軽いのか、この子だけが特別に軽いのか。
 まぁ、今一番気にすべきことは
「とりあえず、誰にも見つかりませんよーに」
 見つかった際に言い訳に困るこの状況で誰にも見つからないようにすることだった。

――――――――――――――――――――――――――――――

「こ、今後はもう絶対にこんなことはしねぇ……」
 誰にも見つからずに家に着いた際の第一声はそれだった。
 もし、見つかったらと思うと胃を痛めていたが、どうやらそれは杞憂に終わったようだ。 
「さて、と」
 とりあえず、雨で冷えた少女の身体を温めようと二階の俺の部屋にある時期外れのストーブを全開で起動した。
 服が濡れているのは問題なんだろうけど、さすがに着替えさせるのには抵抗があるので、タオルで髪や腕を拭くだけに止めておく。
 しかし、さっきからピクリとも動いてない気がするんだけど……
「……いやいや、ないない」
 そんな不安を拭うため、脈を測ってみた。
「―――この子」
 もしかして、もう死んでる?




1.誰かに助けを求める
2.どこかに捨てる
「マッタクよぉ……散々だったぜ、今日は!」
夜――魔法学園の周辺都市においていくつかある人通りの少ない裏路地で、ベリアルは罵詈雑言を放っていた。 見れば、彼の右手首から鎖で繋がっている鉄球はわずかに赤黒く汚れ――じっとりと湿っている。 ソレが何なのかは、言わずともわかるというものだ。
「あの腹黒そうなクソガキを撒いたと思ったら、そこかしこから黒服の野朗達が出てきやがって……ゴキブリかあいつら……しかも、適当にあしらいながらカワイコちゃんでもいねぇか探していたのに全員ムキムキマッチョのむさ苦しい奴らばっかりだったし……こちとら筋肉バカは眼中にないっつーのによぉ……」
 自身の筋骨隆々ぶりを棚上げしてそんなことを言う彼の表情は不機嫌からか、いつになく険しい。 その不機嫌の理由には無論、夕刻の騒動も一枚噛んでいるが――
「……つうか機械いじってねぇでこっちの話も聞けってんだよ、馬鹿ベノム!」
 不躾なまでの怒号。 しかしそれを浴びてなお、座り込んで銃の手入れをしている少女は無感動なままである。 銃の手入れに夢中なのか、あるいは彼の話にまったく興味がないからなのか。
「馬鹿とは失礼ね。 筋肉馬鹿に言われるなんて甚だ心外だわ」
 そんなドライ極まりない台詞を言う彼女はやはりベリアルの方を見ていない。 だから当然、ますます不機嫌になってゆく彼の表情を見ることもできなかった。
「俺が筋肉馬鹿ならお前は機械馬鹿だ。 だいたい今日の戦闘の時、お前明らかに手を抜いていたじゃねぇか」
 はっ、と鼻で笑ってやってからベリアルはさらに続けて、
「『毒を変える』だぁ? あんなチビっこに中和される程度の毒使いやがって……ホントは獲物が触ってから数秒もしねぇうちにしとめられるくせによぉ」
「あら、学園の生徒の身分で殺傷をしたら流石にマズイから力をセーブしただけよ? それに本気を出しているか出してないかを非難するっていうのなら、ベリアル、あなたも同じじゃない」
 磨き上げた銃を組み直し、完成した美しき破壊の道具にため息を吐きながら、ベノムは言った。
「相手の認識を操作して特定の物を『無価値(ベリアル)である』と判断させるのがあなたの本分でしょうに。 手を抜いていたから迷彩能力程度になっていたわよ、あの鉄球」
「……お前がやる気なさそうだったから合わせざるを得なかったんだよ」
 舌打ちをしつつも、ベリアルは仕方のなさそうに呟く。 その言動からして、カワイコちゃん以外は潰してもかまわないとでも思っていたが――彼の言葉を借りれば、ベノムの態度に合わせ、本気を出さなかったということなのだろう。 わかりきっていることをイチイチ指摘されたからか、彼は益々不機嫌さを増してゆき――
 しかし彼が顔を上げて前方を見た瞬間、その不機嫌さは残らず吹き飛んだ。
「よぅ、ダンナぁ。 遅かったじゃないの♪」
 先ほどまでの不機嫌な言動からは想像できないほどに軽い調子で、ベリアルは来訪者を迎えた。 それは子供に説教中の母親が電話に出た途端、余所行きの甘ったるい声になるのと似ていた。
 だから、というわけでもなく、迎えられた来訪者――髪は金髪で、左目は紅、右目は蒼というカラフルな色合いをした美青年は、無表情のままに頷いただけであった。
「すまないな、ベリアル。 ……ベノムも、待ちくたびれていたようだな?」
「こんな機械馬鹿に気を遣う必要はないですよぉ、ダンナぁ」
 いつになく甘ったるい声のベリアルは、それはそれで気色悪いものがあったがまったくそれを意に介した様子もなく、青年はただ薄く微笑んだ。
「私がもっと早く来れば彼女も機械の手入れなどしなかっただろう。 それにその物言いはいささか配慮に欠けると思うが?」
 ダンナがそう言うなら、と笑顔で返すベリアルに対してベノムがため息を吐き、次いで青年の方に尋ねた。
「それで、トラン。 遅刻してきたのはいいとして、一つ聞きたいことがあるのだけど」
「何だ、ベノム?」
「あたし達のターゲット……ひいては、メンバー全員にとって必要となるもののことよ」
「聞こう」
 それじゃあ、と言ってベノムは金髪の青年――トランの方に向きなおりながら、改めて尋ねた。
「今日、そのターゲットに会ってきたわ」
「……ほう。 本人に?」
「えぇ。 でも……本当に、あんなやつが必要なの?」
「どういう意味で、だ?」
「そのままの意味よ。 見たところ、あれは初級の魔法ですら満足に使いこなせなさそうだったけど……そんなやつに利用価値なんて、あるの?」
 ベノムの歯に衣をきせない物言いに対し、少し考えるような素振りを見せてからトランは応えた。
「無論、あるだろう。 だが」
「だが?」
「残念だが私も詳細は聞かされてなくてね、推測で物をいうことしかできなくて申し訳ない限りだ」
「……まぁ、いいわ。 で、あなたはあれにどんな利用価値を見出しているの?」
「そうだな……まず、視点を変えてみようか。 ベノム、君はあれが初級の魔法ですら満足に使いこなせそうにない、と言っていたな。 だが――」
 どこか底知れぬものが潜む笑みを浮かべながら、トランは言った。
「あの飛行機事件の真のターゲットもまた――あれだったんだよ」
「ねえ、おかぁさん」
「なぁに? シロ」
 シロはソファに座っている母に膝枕をしてもらっていた。
 その柔らかく温かい感触は、まるで全身を包み込まれているようで心地よく、この空間内にいれば、何も怖いことなどないような気がして。
 だから、今まで密かに抱いていた疑問を思い切って訊ねる決心をした。
「おかぁさんって、魔法を使えないんだよね?」
「……そうね。お母さんは『東』の人間だったから」
 『東』と『西』。たまに、両親の会話の中に出てくる言葉。ただ単に方角を示した言葉ではないことは、なんとなく雰囲気から分かってはいたが、具体的に何をあらわしているのかは、知らなかった。
「……『ひがし』って?」 
「そうねぇ。“全ての物事は、ある一定の条件下で起こされた普遍的な結果である”という考え方をする人たちの集まり、かしら」
「…………ぜんっぜん、わかんないよ」
「あらあら。でも、『東』の人たちでも“『東』とは何なのか”なんて全く考えたこともない人もいるの。だからね、シロはうんと勉強をして、きちんとした答えを自分自身で見つけていくといいわ」
 そういって、母はやさしく頭を撫ででくれた。その感触が、優しくそしてくすぐったくて。
 ――――だから、『東』がなんなのかなんて、どうでもいいや、なんて思った。そのうちに分かるだろう、だなんて想った。だから、シロは当面の問題に戻ることにした。
「うん、分かった。……ねぇ、おかぁさん」
「なぁに? シロ」
「おかぁさんって、魔法を使えないんだよね?」
「そうね。シロが考えているような魔法は、全く使えないわね」
 そういった母の顔はとても穏やかで。それが、シロにはとても不思議だった。
「ねぇ、おかぁさん。魔法、怖くないの?」
「いいえ。だって、お母さんは最強の魔法が使えるんだもの」
「……? 魔法を使えないのに、魔法が使えるの? なにそれ。へんだよ」
「うふふ。きっとシロにも解る日が来るわ。―――― 心から愛する、そんな人が出来たらね。」
 そういいながらシロを見つめている目は、とても優しく温かなもので。だから、シロは考えることを放棄した。
「ふぅん。……よくわかんないや」
「あはは、そうだろうともそうだろうとも。うん、シロは男の子だもんな。俺と同じで恋だの愛だのには唐変木なんだよな」
 それまで黙って二人のやり取りを見ていた父が、とても嬉しそうに声をかけてきた。
「もう、あなたったら。いつも物事を適当に誤魔化すんだから……」
「あはははは。俺は過去の知見を元に未来を予測してそれを普遍化する、なんて事は苦手だからな。行き当たりばったり、さ」
「むぅ。おとうさんまで解んないこと言ってるし」
 父が家にいることは、珍しく。特にここ最近は忙しいらしく、帰ってきたと思ったらまたすぐに出かけてしまうことも多くて。
 シロは父とゆっくり会話が出来る事がとても嬉しかったし、また心強かった。だから、この悩みを思い切ってぶつける事にした。
「ねぇ、おとうさん」
「ん?」
「おとうさんは、魔法が使えるんだよね?」
「あぁ。一応、学園の生徒会長だったこともあるぞ?」
 今まで聞いた事のない新たな言葉が出てきて、ちょっとびっくりしてしまう。
「……せいとかいちょう?」
「まぁなんだ、『雑用係』というか『面倒ごとを背負い込む係』というか」
「ふぅん、大変なんだねぇ」
「あははは、『大変』だなんて言葉では括れないほど大変だったな。だからな、シロ。『生徒会長』の手伝いは、出来る限りしてやれよ」
 自分なら絶対にそんな係はやりたくない、と思った。そんな大変そうなことを一笑に付してしまう父を、シロは「凄いなぁ」と思い尊敬した。
「うん、分かった。……ねぇ、おとうさん」
「ん?」
「おとうさんは、魔法が使えるんだよね?」
「あぁ」
「魔法を使えない人を、苛めたりしないの?」
 言ってしまった、と思った。心臓がドキドキする。学校の先生でも答えてくれないことを、とうとう聞いてしまった。
 ちゃんと答えてくれるのだろうか。先生みたいに、笑って誤魔化すんじゃないだろうか。……お父さんってば、笑って誤魔化すの得意だし。
 だがしかし、シロがそんなことを考えている間に、父はいともあっさりと返事を返してきた。
「するわけないだろう」
 当たり前のことを言ってどうするんだ? とその目は言っていたが、それでも、シロは確認を取りたかった。
「…………本当に?」
「するわけがないだろう。……もしかして、シロは苛められているのか?」
 父と母なら、大丈夫だと思った。父と母なら、何があっても自分を守ってくれると想った。だから、思い切って、言って見ることにした。
「………………うん。魔法が使えない人は、『ロボット』って言う『機械』なんだって。『機械』は、生きていちゃダメなんだって」
「何? 誰だ、そんなこというやつは!!」
「もう、あなたったら、ちょっと落ち着きなさいよ」
「これが落ち着いていられるか! 当人が苦しんでいることで苛めるやつは、最低中の最低だ!」
 父が顔を真っ赤にしながら、拳を握り締めてくれる。母が微笑みながら、優しく頭を撫でてくれる。たったそれだけのことだけれども、とても幸せだと思い、また、とても安心した。
「……それ、コガネちゃんも言ってた」
「あらあら、よかったじゃない」
「…………「あんたたちこそヘタレた魔法しか使えないじゃない。私から見れば屑よ? 屑は屑らしく、ゴミ箱にちゃんと捨てられてなきゃ」っていって大暴れした」
 あれは大変だったなぁ、とシロは思い出していた。――――結局教室中をグチャグチャにしちゃって、コガネちゃんと二人で片付けさせられたんだよなぁ。
「あははは、あの子らしいなぁ。いい嫁になりそうだ」
「もう、あなたったら……。」
「ねぇ、ボクは『機械』なの? 生きていちゃダメなの? おとうさんとコガネちゃん以外の魔法を使える人たちは、みんなボクのことを嫌いなの?」
 『嫁』って何のことなのかちょっと気にはなったけれども、それ以上に嫌われていないのかが気になった。何もしていないのに嫌われなくっちゃいけないのかと、とても気になった。
「ねぇ、シロ。シロはどう考えているの? お母さんみたいに魔法が使えないことを」
「わかんないよ。わかんないけど……でも、コガネちゃん以外のみんなが」
 母は相変わらず優しく頭を撫で続けてくれて。それがとても嬉しくて。だから、シロは泣き出してしまった。今まで我慢していた分をも一緒にまとめて、涙を流してしまうことにした。
 母の優しい手と、父の温かい視線を感じながら、シロは思いっきり、泣いた。泣いて、泣いて、泣きつくして。気が少し晴れた頃合を見計らって、父の落ち着いた力強い声が、意外なことを言い出した。
「……シロ、これだけは言っておく。『機械』も凄いものは凄いんだぞ?」
「……ひっく、……うそだぁ……」
 それは慰めでもなんでもないようでいて、とても優しい一言で。でも、シロには思っても見なかった一言だった。
 ――――まったく想っても見なかった一言だったからこそ、シロは無意識に『機械』をバカにしている自分がいたことに、気付いてしまった。
「むむ。お父さんが嘘をついたことがあったか?」
「……ひっく、……いっつも、適当なことを言ってるよ?」
 気付いてしまったその思いは、とても恥ずかしくて。――――シロはおちゃらけて誤魔化すことにした。
「あらあら。あなたったら、シロにまで言われちゃって」
「むむむ……。よし、そこまで言うのなら、証拠を見せてやろうじゃないか」
 だがしかし、父はどこまでも真面目で。またもや全く想ってもいない一言を返してくれた。涙は、完全に止まってしまった。
「…………証拠?」
「ああ、『飛行機』っていう凄い機械を体験させてやる……よし、『善は急げ』だ、いくぞ!」
「えぇ~!? 今からぁ? もう、夜だよ?」
 そういいながらも、わくわくを抑えられたい自分がいた。『飛行機』って一体なんなんだろう。本当に、そんなに凄いものなのかなぁ。
「大丈夫だ、問題ない。なぁに始末書の一枚や二枚、適当にでっち上げればいいんだから」
「ねぇあなた、明日にしましょうよ。明日なら、私たち二人ともお休みでしょ?」
「ふむ。よし、ならばそういうことで。じゃあ寝るか!! 今すぐに」
「うん!!」


―――――― 楽しそうな笑い声。在りし日の出来事。今は失われてしまった、大切な日常。今は望むべくも無い、温かな心の触れ合い。
―――― あの日、僕があんなことを言い出さなければ。

目覚めたシロの頬には、一筋の涙が流れていた。
 この世界はとても不思議だと思う。
 例えば、地球が出来たことも不思議だし、その後で生物が生まれたことも不思議だと思う。
 それに、どうして猫はあんな可愛く進化したのかも不思議だ。
 不思議過ぎて頭がショートしてしまいそうなくらい。
「ねぇ、智ちゃん」
 私は回転椅子をゆっくり回転させながら高級そうなベッドに寝転がっている智ちゃんに声をかけた。
「……んー、なぁに?」
 今まで寝ていたのか智ちゃんは反応は普段より鈍かった。
 単純に面倒というのもあるんだろうけど。
「ごめんね、ちょっと聞きたいことがあって」
「んー……」
 なんだか、こんなくだらないことを聞くために起こしてしまったと思うと罪悪感を感じるけど、今さらやめるのもどうかと思う
から素直に聞いてみることにした。
「魔王に世界の半分をやろうって言われたらどうする?」
「魔王を殺して世界を支配する」
 うーん、智ちゃんってば物騒だなぁ。
 というか、私が聞きたいこととは違うことを聞いちゃった。
 失敗だね、テヘ。
 そんなことより、地球の誕生秘話とか猫とかその他色々と不思議で気になることは沢山あるけど、今一番気になることは――
「私たち、ちゃんと家に帰れるのかな……?」
 ここから生きて脱出出来るかどうか。
 それが一番気になることだった。


 私こと愛澤なゆきは友達の篠宮智美と一緒に知り合いの別荘に来ていた。
 智ちゃんの家がお金持ちだからその繋がりで招待されたらしい。
 ただ、智ちゃんにとってはここに来ること自体はどうでもよかったらしいのだけど、私が前々からこういうところに来たがっていたのを思い出して「友達も一緒でいいなら」と言ってくれたという話を聞いたときには感動したものだ。
 話がずれたけど、要は『私は智ちゃんのおかげで来れた』ということだ。
 前々からこういうところで実際に暮らすとどういう感じなのかを知りたかった私としてはとても感謝している。
 もちろん、何の関係もないような私に対しても優しいここの人たちにも。
 食事は美味しいし、探検は出来るし、海は泳げるし。
 問題があるとすれば、今日になって帰りのボートが故障してしまったことだ。
 俗世との関わりを断つためにこの島には電話などはなく、毎朝船で来る牛乳屋さんに頼るしかないらしい。
 話を聞いたときは帰れないということを考える前に牛乳屋さんは俗世じゃないのか、と心の中で突っ込みを入れてしまったのはまぁ、余計な話。
「大丈夫よ、明日の朝には迎えが来るんだし」
 智ちゃんは面倒くさそうに言った。
「でも、殺人事件が起こるかもしれないし」
「ミステリの読みすぎよ」
「え、ミステリで読んだことあるのは『そして、だれもいなくなった』くらいだよ?」
「……じゃあ、ドラマとかの見すぎよ」
 智ちゃんは疲れたような声でそう言った。
 やっぱり、昨日の探検の疲れが残ってるのかも。
「智ちゃん、大丈夫?」
「別に何も問題ないけど?」
「なら、いいけど……」
 智ちゃんの体調のことを考えていると扉を軽く叩く音が聞こえた。
「どうぞ」
 智ちゃんのその言葉に「失礼します」と言ってから入ってきたのはこの家の執事の千羽さんだった。
 もう髪も髭も真っ白だというのにタキシードを着るその姿はかっこいいと思わずにはいられない。
 私のお父さんとは大違いである。
「おはようございます。お嬢様方」
 千羽さんはそう言って深々とお辞儀をした。
 智ちゃんはこの館の人たちと面識があるからともかく、ただ付いてきたたけの私にまでこの態度を崩さない辺り、一流の執事だな、と思う。
「朝食が出来ましたので、そのお知らせに参りました」
「分かった、すぐ行くわ」
「ありがとね、セバスチャン」
 セバスチャンというのは私が勝手に付けたニックネームである。
 智ちゃんには古いとか言われたけど、執事と言ったらやっぱりセバスチャンだと思う。
「それでは」
 千羽さんは頭を下げ、最後にそう言ってから扉を閉めた。
「……私はこのまま行くけど、どうする?」
「んー、私は着替えてから行くわ」
「あーい」
 私はそれ返事をしてから部屋を出た。
 智ちゃんとはこの館に来てからほとんどずっと一緒にいたから一人でいるというのは割りと不思議な気分になる。
 まぁ、ここには二日もいたんだし、智ちゃんなしでも迷わないでしょ。 多分。
 そんな初めてのお使いさながらの緊張感を感じながら歩いているとこの館の主人――光輝さんの息子である大地さんとメイドの菊花さんが歩いているのが見えた。
 私は大地さんのことは苦手だからあまり近づきたくはなかったりする。
 まぁ、いくら何でも失礼だとは思うから無視したりはしないけど。
「こんにちわ」
 私が声をかけると二人は振り返る。
 大地さんは笑みを浮かべ、菊花さんは無表情で私を見た。
「よう、嬢ちゃん」
「おはようございます」
 大地さんは軽く手を上げるだけだというのに、菊花さんは千羽さんと同じくらい頭を下げた。
 まぁ、菊花さんはメイドだからなのだろうけど。
「ん、篠宮の嬢ちゃんは?」
 大地さんは智ちゃんがいないことに気づくとそう尋ねてきた。
「別に。 着替えてるから先に出ただけですよ」
「そういう時は待っててやれよ」
「そんなの私たちの勝手でしょう」
「は、そりゃそーだ」
 ……やっぱり、私はこの人が苦手だ。
 何を考えてるのかさっぱり分からない。
「大地様、はやく向わなければ海様に取られてしまいますが」
「わかってるって。 ……じゃあな」
 そう言ってから大地さんは歩いて行った。
 ……どうせ、食堂でまた会うんだから一緒に行ってもよかったのに。
 まぁ、私が大地さんを苦手がってるように、大地も私のことが苦手なのかも知れない。
 だから、菊花さんは早く歩くように促したのかも知れない。
 もしくは、まったく違う理由かもしれない。
 やっぱり、世界は分からないことだらけだ。
 いや、そこまで壮大な話でも無いけど。
「……というか、こんなところで突っ立ってないで早く行こう」
 別に食べるものがなくなることはなくてもなるべく美味しい状態で食べたいし。
 そう考えた私は食堂まで二人にギリギリで追いつかない速さで歩くことにした。
 だけど、本当に広い舘だなぁ。
 十分くらい歩いてるのにまだ食堂に着かない。
 ……もしかして、迷った?
「いやいや、いくら大きいからって室内でそんなにほいほい迷うわけが……」
 自分にそう言い聞かせるけど、今まで食堂に行こうとしたときにこの道を通った記憶はない。
 何で二人と別れて数分で迷ってるんだ、私!
「あれ、どうしてこんな所にいるんですか?」
 声色で誰の声かを判断出来たので、さりげなく食堂に案内してもらおうと思うが、その声を出すことは出来なかった。
 その声の主の恰好が私の予想の範疇を超えていたからだ。
「……何で、そんな格好してるんですか?」
「え、何か変ですか?」
 そう言ったのは空さん――この家の長男なのだけど、何故か、メイド服だった。
「いや、さすがにその服装はどうかと思いますよ……」
 空さんに女装癖があるのはこの二日間で十分に知っていたけど、さすがに家を継ごうという人がメイドの格好をしているのはどうなんだろう。
 お金持ちだとそういうことは些細な問題なんだろうか?
「なんというか、この格好が一番落ち着いて……」
 しかし、はにかみながらそう言う姿は下手な女の子よりよっぼど可愛かった。
 一人の女としては複雑な気分になる。
「……あれ。そう言えば篠宮さんは?」
 智ちゃんがいないのが不思議だというような感じで空さんは尋ねてきた。
 ……どうやら、私たちはセットだと思われてるらしい。
「智ちゃんは着替えてから出るって言うんで先に出ちゃいました」
「それで、迷っちゃったんですか」
 空さんはイタズラっぽい笑みを浮かべながら私がさりげなく隠そうとしていた事実を当ててしまった。
 相手が他の誰かなら逆ギレの一つでもしたんだろうけど、空さんの場合はそんな気にならないのが不思議だ。
「それじゃ、一緒に行こうか」
 まぁ、この優しさが原因なんだろうなぁ。
 そんな羨望とも嫉妬とも取れるようなことを考えながら空さんと一緒に食堂に向かった。




 ドラマに出てくるようなこの食堂でも、何回も見ていると流石に飽きるなぁなどという失礼なことを考えながら円状になっているテーブルに置かれている料理とこの場にいる面々を見回す。
 まず、時計の9時に当たる席に座っている大地さん。
 隣の10時に当たる席に座っているのが大地さんの姉で空さんの妹の海里さん。
 そして、手前の6時に当たる席に智ちゃんが座っていた。
「どうして、私より早いの!?」
「それは私の方が聞きたいんだけどね」
 智ちゃんは呆れたようなため息混じりに言った。
 しょうがないじゃん。 私はこんな広い家に来るのは初めてなんだし。
 心の中で文句を言いながら、智ちゃんの右隣に座った。
 それにしても、何で千羽さんや菊花さんたちメイドさんは座らないんだろう。(もちろん、空さんはメイド服を着ているだけで実際にはメイドどころかご主人様に当たるわけだから普通に座っているけど)
「お父様、遅いわねー。何やってるのかしら」
 そう言ったのは海里さんだった。
 不機嫌そうに自分の青い髪を弄っている姿はとても怖い。
「私が見て来ます」
 そう言ったのはこの館のメイド(厳密に言うと菊花さんは大地さん専属のメイドらしい)の紫さんだった。
「あ、あの、私も一緒に行っていいですか?」
 私は思い切って聞いてみた。
 一通り探検したものの、どんな部屋なのか興味があったからだ。
「……それじゃ、私も一緒に行くわ。 また迷子になられても困るしね」
「いくら何でも紫さんと一緒に行って迷うわけないじゃん!」
 私は智ちゃんのボケに会心のツッコミをした。
 私と智ちゃんの付き合いなのでこういうのは打ち合わせがなくても分かる。
 そして、今のボケが本当は私が着いていくのを拒まれないようにしてくれた、というのもよく分かった。
 本当に智ちゃんは素直じゃない。
「……分かりました。それでは、参りましょうか」
 紫さんはそう言って私が入ってきた扉を開けて光輝さんの部屋へと行こうとしたので私たちはその後ろを着いていく。
 道中で思ったことはやっぱり、この館は大きいということと何で紫さんは迷わずに歩けるのか、ということだった。
 いや、この館ではむしろ、迷っている私の方がおかしく感じるくらいなのだ。やっぱり、普段からこんなところに住んでいるとそういう能力が身に付くのかな?
「ここがご主人様の部屋です」
 紫さんはある扉の一つの前で立ち止まって言った。
 少なくとも、扉だけを見る限りでは私たちの部屋と大差ない。
「ご主人様、どうかなされましたか?」
 扉をノックしながら紫さんは部屋にいるであろう光輝さんに声をかける。
 しかし、部屋の中から物音はない。
「……ご主人様、部屋を開けますよ?」
 紫さんはそう言うとメイド服についているポケットの一つから鍵束と取り出して鍵を開けた。
 扉の先にはぎっしりと本を詰めている本棚やよく探偵ものに出てきそうな机がある。
 いや、それ以上に目につくものが一つある。
 でも、出来ることならあまり見たくない。
 真っ赤な血の池と中心にある光輝さんの死体――
「はぁ……」
 智ちゃんはため息を吐くとあっさりと部屋の中に入っていく。
 私も紫さんも動けずにいるというのに、智ちゃんは光輝さんのところまで歩いて行く。
「……またですか?」
 智ちゃんはため息交じりに話しかけた。
 私でも紫さんでもなく、死体に。
 冷静に見えるけど、内心は動揺してるのかな?
 そんな風に考えていると、
「いやぁ、まさかあっさりバレるとは思わなかったよ」
 光輝さんはまるで寝転がっているところから起き上ったみたいに何気なく立ち上がった。
 ……いやいやいやいや、何で、そんなにピンピンしてるの?
「えっと、あの……」
 紫さんも今の事態を飲み込もうとしているけど、何から聞けばいいのか分からないという表情をしていた。
 というか、事情を分かっていそうなのは智ちゃんだけだ。
「……二人とも、驚いてるじゃないですか」
「そりゃあ、驚かす側としては冥利に尽きるなぁ」
 呆れている智ちゃんの言葉に笑いながら返す光輝さん。
 えっと、実は光輝さんは死んでないってことは今のは死んだ振りで……。
 何で、そんなことをしてたの?
「まぁ、そこら辺の説明は後にさせてくれないかな? 先にお風呂に入って綺麗にしたいからね」
 私の考えを読んだかのように、光輝さんはそう言った。
 ……やっぱり、この館にいる人は変な人ばっかりだ。



「つまり、今日もお父様のくだらない冗談のせいで食事の時間が延びたってわけね」
 光輝さんの部屋を出た私たちは食堂に戻って分かる範囲の事情を説明した。
 そして、その結果が今の海さんの一言である。
「こら、まだそうだと決まったわけじゃないでしょ」
 空さんは自分の父親に対してひどいことを言う海さんを叱った。
 でも、その言い方だとまだ確定はしてないから、と言いたいように聞こえる気がしないでもない。
「はっ、あの親父が変なのは今に始まったことじゃねーだろ」
 大地さんも自分の父親なのにひどい言いようだった。
 この3日間、この3人を見ているとあまり光輝さんのことを好きじゃないように見える。
 というか、大地さんと海さんに至っては嫌ってるようにさえ思える。
 でも、3人とも何だかんだ言って逆らってるところを見たことがない。
 まぁ、ほんの一部しか見てないんだからどうなのかは分からないけど。
「まぁまぁ、ご主人さまへの陰口その辺にしまひょ」
 そう言ったのはこの館の料理長の弥生さんだ。
 と言っても、この館に弥生さん以外に料理を出来る人はいないので(手伝いくらいならみんな出来るだろうけど)ほぼ彼女一人で全員分を作っているわけである。
 多分、この中で弥生さんに意見出来る人なんかいないだろう。
 もちろん、冗談だけど。
「そうは言っても、そのせいで貴方の料理の味が落ちたのよ?」
 海さんの怒りは相当なものだ。
 それこそ、自分の作ったもののように怒っている。
「そりゃあ、うちかて美味しゅう食べてもらいたいけど、美味しゅうなくなったらそれはそういうことを考えへんうちのミスや」
 にこやかな笑みを浮かべながら海さんを諭す弥生さん。
 というか、何で料理を作った弥生さんより海さんの方が怒ってるのさ。
「いやぁ、弥生くんの料理は時間が経っても美味しいよ?」
 いつの間にか海さんの後ろにいた光輝さんが言った。
 ……いや、本当にいつの間に入ってきたの?
 気配も足音もまったくなかったんだけど……。
「それに栄養面にも気を遣ってくれているし、弥生くんには頭が上がらないよ。 ほんと」
「そない褒められたら照れますがなー」
 光輝さんの褒め言葉に照れ笑いを浮かべる弥生さんは可愛いなぁ。
「……で、どうしてお父様は遊んでたのかしら?」
 うわぁ。 顔は笑ってるのに声が全然、笑ってない。
 私が怒られてるわけじゃないのに怖いんだけど。
「いやー、これには深ーい訳があるんだよ」
 光輝さんは光輝さんで海さんの期限を逆なでするような言い方をするし。
 やっぱり、この家族は仲が悪いんじゃないかな?
「実は、今朝の内にゲームを考えたんだ」
 光輝さんは急に真面目な顔をして言った。
 元々の顔立ちはいいし、今はタキシード服なんかを着てるせいでかっこよく見える。
 でも、言ったことは「ゲームを考えていた」だから実際はそこまでかっこよくはない。
 というか、何でゲームを考えてあんな惨状になるのか分からない。
 分からないことは嫌いだ。
「まぁ、詳しいことは食べながら話そうか」
 そう言って、光輝さんは智ちゃんの正面に座った。
 誰も「散々、長くしたのはどこの誰だ」とは言わない。
 面倒だっただけかも知れないけど。
「ルールは簡単。 私を殺した犯人を当てればいい」
「……つまり、そんなことのためにわざわざ朝食を遅らせたわけ?」
「そうそう」
 満面の笑みで頷いているけど、周りの視線(特に海さん)は冷たいってことを光輝さんは分かってるんだろうか?
 分かってるとしたら相当な大物だ。
 こんな大きな館に住んでる時点で十分に大物だけど。
「……つっても、推理のしようがねーじゃねーかよ」 
 大地さんがぽつりと呟いた。
 まぁ、死体役である光輝さんも動いちゃってるし、現場である光輝さんの部屋も紫さんが片付けたから推理の仕様がないけど。
「だから、一人三回まで私に質問をして、それにYESかNOで答えるからその3回のうちに犯人を当てられたら勝ち」
「……それじゃ、あれは本当にただの演出だったのね」
 溜息を吐きながら智ちゃんは愚痴をこぼすように言った。
 まぁ、いきなりこんなことになったら当然だと思う。
 というか、話が急すぎてちょっとついていけない。
「ちなみに、当てられたらこの家にあるものなら好きに持って行っていいよ」
「よーし、絶対に当てて見せる!」
 私は思わずガッツポーズをするほど意気込んだ。
 おかげで私まで周りから白い目で見られることになったけど、そんなことは気にならない。
 というか、気にしたくない。
「……それは、犯人役はいきなり「あなたが犯人です」って言われるんですか?」
「実は前もって犯人役にはこういうことをするから犯人役よろしくって言ってあるよ」
 つまり、犯人役の人は前もって知ってるから行動が怪しくなる可能性がある。
 決定的じゃないけど、判断材料くらいにはなるかもしれない。
「あ、それと質問には私の主観で答えるよ。 例えば、「犯人はあなたの家族ですか?」という質問が来たら犯人が篠宮さんかなゆきちゃん以外の場合はYESと答えるよ」
 つまり、迂闊な質問をすると推理も何もなくなっちゃうわけか。
「とりあえず、一通りは説明したし、腹が減っては何とやらと言うしここはそろそろ朝食を食べようか」
 ……いや、まぁ、お腹は空いてるけども。
 私は心の中で「誰のせいで送れたと思ってるの」と言うことしかできなかった。




 弥生さんの作ってくれた料理を言葉で表すとしたら最高だったとしか言いようがない。
 というのも、私の知ってる言葉では正確に表すことが出来そうにないくらいのおいしさだったのだ。
 この館に来て3日も経つというのに、未だにこのおいしさに慣れないとは……。
 私の知る限り、こんなおいしいものを作れるのは弥生さんと智ちゃんの家の料理人たちくらいしかいない。
「そろそろ、ゲームを始めようか」
 唐突に光輝さんは言った。
 いや、もうみんな食べ終わったんだからタイミング的には丁度いいのかな?
「じゃあ、質問を考えた人から私に耳打ちしてくれ」
 一瞬、何でそんなことをしなければならないのか分からなかったけど、そうしないと前の人の質問内容が聞けて有利になることに気づいた。
「んじゃ、俺が一番なっと」
 そう言って、一番初めの挑戦者は大地さんだった。
 こういうことには興味なさそう……というか、本当に興味がないという顔をしているのに一番最初に名乗り出るとは思わなかった。
 何か欲しい物があるにしても、大地さんなら自分で手に入れられそうなものだけど。
「……YES」
「やっぱりな。 そうだろうと思ったよ」
 心底、面倒くさそうな表情をしながらそう言って自分の席に戻る大地さん。
 あれ、質問一つだけ?
「嬢ちゃんとは頭の出来が違うからな」
 私の驚きが顔に出ていたのか、私を見た大地さんは憎たらしい笑みを浮かべながら私を馬鹿にした。
 く、屈辱……!
「次は私が質問します!」
 ここで見返さなければいけないと思った私は即座に名乗りを上げて光輝さんに近づく。
「いやぁ、現役女子高生に耳打ちしてもらえるなんて光栄だなぁ」
 にこやかな顔をして何を言ってるんだ、この人。
 そうツッコミを入れたいのを堪えて私は一つ目の質問をする
「犯人は光輝さんの血縁関係のある人ですか?」
 さっきは「みんな家族だと思っている」って言っていたけど、これならそんな心配はいらない。
「……NO」
 血縁関係はない。
 つまり、残りは千羽さん、紫さん、弥生さん、智ちゃん、私ということになる。
 もちろん、私は犯人役じゃないので残りは4人。
「じゃあ、犯人は男ですか?」
「……・YES」
 よし、これで犯人役は千羽さんで決定だ。
 もう一回質問できるけど、その必要もないので私は席に戻る。
「どうですか、私だって2回で犯人を特定しましたよ」
 私は勝利の笑みを浮かべる。
 少なくとも、これで私がバカじゃないことは証明された。
「その予想が当たってりゃいいけどな」
 しかし、大地さんは相変わらずの憎たらしい笑みを浮かべていた。
 く、屈辱……!
「それじゃ、次は誰かな」
 そうして、次々に光輝さんに質問していき、全員の質問が終わった時に前もって用意されていた紙とペンを紫さんが配る。
 私は何の迷いもなく千羽さんと書いた。
「皆、、書き終わったかな? それじゃ、犯人だーれだ」
 光輝さんの言葉でみんなが一斉に紙を見せ合う。
 皆の紙に書かれていた名前は『宮内 空』だった。
「……何でだー!?」


「ねぇ、いい加減に教えてよぉ……」
 気持ちよく風を切る船に乗りながら私は智ちゃんに何度聞いたか分からない質問をした。
 その度に「自分で考えなさい」と言われていたせいで私の不満は爆発しそうだ。
「……はぁ、何となく何を間違えたのかは分からない?」
「んー、何を間違えたか?」
 私は真面目に考えてみる。
 空さんは女装してたから男じゃないってこと?
 いや、そもそも血縁関係の質問でNOって答えたんだから……あれ、もしかして――
「もしかして、光輝さんと空さんって血縁関係じゃないの?」
「正確に言うなら、あの3人だけどね」
 智ちゃんは特に感情も込めずにそう言った。
「元々は千影さん……母親の連れ子だったの。 数年前に亡くなっちゃったけどね」
 智ちゃんはまるで感情を込めずに言っている。
 でも、言葉には感情が込められていなくても、その目は何か悲しそうなのは気のせいなのかな。
「だから、そこは血縁関係じゃなくて親子関係かどうかで質問すればよかったのよ」
「あ、そうだね……」
 私はもう、そんなことに興味はなかった。
 でも、友達でも踏み込んではいけない場所というのも少なからずある。
 だから踏み込めない。 踏み込まない。
「何が欲しくてあんなにやる気だったのか知らないけど、私に言えばあの館にあるものくらいならあげるわよ?」
「んー……別にいいよ」
「どうして? 私に貸しを作るのが嫌だとか?」
「いや……そういうことしたら智ちゃんの財産目当てで近づいたみたいで嫌じゃん。 友達ってのは対等な関係じゃないと駄目だと思うし」
 私の言葉を聞いた智ちゃんは一瞬、きょとんとしてから急に笑い出す。
「別に、これくらいで……対等じゃなくなるなんてこと、ないのよ?」
 笑いを堪えながら智ちゃんは苦しそうに言った。
 何か、これじゃあ私がものすごく恥ずかしいことを言ったみたいじゃん!
「笑うなー!」
 恥ずかしくなってきた私は怒りの声をあげた。
「ごめんごめん、でも、そういうことを言ったら先週のレストランはどうなるの?」
「それは今月のお小遣いで返すからいいの!」
 でも、智ちゃんが笑ってくれるならこれもいいかな。
 私にとって、地球が出来たことよりも猫があんなに可愛い理由よりも智ちゃんのことが気になる。
 もし、智ちゃんが何かのせいで悲しんでいて、それを解決できるなら――
 他のことなんか分からないままでもいい。
 今の私は智ちゃんと笑いあってればそれで十分だ。
「じゃあ、利息はトイチね」
「鬼畜だー!?」
 どうか、何時までもこんな馬鹿なことをやって笑いあえますように。




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