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 夢を見た。つまらない夢だった。
 炎が上がり、家屋が崩れ、血飛沫が飛び、瓦礫と死屍の陵丘が積み上げられる。そんな、実につまらない夢だった。
 助けの手は肘から先が無くて、血が喉に詰まって叫びの声も上手く上げれない。涙を流す暇も無く倒れる老若男女、唯一元気なのは心失い機械兵。まるで、真夏の夕暮れに降った雪のような現実。
 無人の兵隊の足音や、咲き乱れる銃火の方がよっぽど騒がしいのに、


 千切れる肉片を見た。骨の砕ける音を聞いた。
 人が死んでいくまでを看た。踏み潰される死人も観た。


 瓦解していく世界。人の手を離れたチカラは、もう誰にも止められない。科学(ちから)も魔法(ちから)も関係なく、有りと有らゆるを食い潰す。
 魔法など、所詮一個人が偶然持った、汎用性の無い奇跡の類。誰にでも使える訳じゃないから、使われているそれを見るのは夢のよう。
 夢? ……ああ、そうだ。


 夢を見た。つまらない夢だった。


    ◆□◆


 高みから見下ろす世界は一変する。人が生来得るはずの無い視界は、予想以上に思考を塗り替えてくれる。たとえばそれは、遥か彼方で赤く光っている何かが事故現場があるのを教えてくれたりする。
 もっとも、眼下に広がる風景はあまりにも人気が少なくて寂しくて、誰もが建物の中に引きこもっている。グラウンドやコートで慎ましく部活動に精を出す人たちくらいしか見当たらない。あと、見つけるとすれば――、


「――――諸々の止む得なかった事は目を瞑りましょう。でも、どうしてあれだけ早く追いついておきながら、あなたは何をしていたのかしら?」


 いるのは、背中の向こうで激昂を上げている黒き生徒会長と、要領を得ない新しい生徒会役員くらいか。
「だって、大人しく折り合いつけれたら血見なくて済みますし、なんだって暴力で片すのもなんだと思いますし、それに――」
「つまりあなたは、話合いと手遅れを天秤に掛けるんですね?」
 そんな、「会長の言う通りに仕事しただけなのにー……」と今にも泣き出しそうなトキワちゃんとクロちゃんは、出来の悪い部下とそれを叱る上司のよう。俺から観れば、いや、知ってたなら自分で手を下そうよクロちゃん、と言いたくなるが、とばっちりを受けたら堪ったもんじゃないので黙っておく。人間、引く時は引くのが重要だ。
 ところで、クロちゃんは身内のミスにはうるさい。もちろん、学園内の生徒の不手際、不道徳、非常識にも一々細かい所までうるさいんだけど、自分が指揮する組織に関しては尚更うるさい。あと、説教が長い。
 その理屈を知っている人たちは、けっしてクロちゃんを学級委員や班長にさえしようとは思わないし、なられるくらいなら生贄を投じるくらいに思わない。ところが、世の中にはまだまだ『クロちゃん=正義感の強い人』な認識の人たちが一杯いて、クロちゃんを投票で生徒会長まで押し上げたのはそんな誤認識の賜物だったりする。無知って怖い。
 で、現在クロちゃんはご立腹で、相手は生徒会役員で、つまり何が言いたいかと言うと、あのお口にチャックされるまでの間に、秒針は何周マラソンするかなあと言いたいんだよ。なお、お兄さん予想では35回と見た。その間俺は、ここを動けないという事でもある。トホホ。


 秒針は36回をファイナルラップにして、きっかり37周回ってトキワちゃんが憔悴の果て退室していった。惜しい。
 いい加減外眺めるのも飽きたので振り返る。地上4階の視界は味気の無い生徒会室にシフトする。怒り狂っていた女王様は姿勢良く椅子に座ってはいるものの、チャックされたお口はしっかりへの字で、心なしか目付きも悪い気がする。や、目付きキツイのはいつもの事だった。
 そう、こうして見ると、同じ人間なのだ。
「――――どうしました、お兄様。変な顔して。何かよろしくない事を考えてる顔ですよ、それは。そう言えばお兄様、最近無詠唱魔法が過ぎるようですね。そういう報告が入ってますよ」
 椅子が吹っ飛んでいかんばかりに勢い良く立ち上がったクロちゃんは、背筋を伸ばしたまま青筋を立てたままつかつかと歩み寄ってきた。いやいや、さっき散々猛ってたのにまだ暴れ足りないのかいこの子は。小さいのに大きく見えるとはおお怖い怖い。
 それにしても、無詠唱魔法、無詠唱、魔法、…………ね。


「…………? お兄様?」


 クロちゃんが真っ黒な瞳で覗いてくる。心配そうなクロちゃんの顔と、瞳に映る陰惨な顔が視界に入る。らしくない。そんな顔してたら、そりゃこの子は心配するさ。
「いや、何。ちょっと今日、夢見が悪かっただけだよ」
 きょとんとされる。ああ、また余計な事言っちまった。
「それは、……大変ですね。お兄様の夢は、良く、当たるから」
 しょんぼりとされる。さらに余計な心配掛けちまった。余計に余計を重ねて余計な事しまくりだけど、残念な事にお兄さんはまだ余計な事をもう1つ抱えてるんだよな、これが。
「クロちゃん、落ち込んでる場合じゃないよ。予知夢なんてそう何百回も当たるもんじゃない。そんな事より決定されてる現実を憂おう」
 クロちゃんの、漆黒の睫がぴくりと動く。いつものキツイ目付きに戻っていく。そう、それでこそクロちゃんだ。
「昨日のシロ君のあれで、PTAが騒いでる。トラン君とかは今意識不明だから本人知らないだろうけど、彼らの集団も中々慌しい。今最もウルサイので、俺が確認出来たのは西の地下水道の深部と東の上空8200メートルで、この2勢力が戦闘状態に入った。報道機関はまだ誰も知らないはず。お兄さん予想では、トラン君とこのが負けるね。コガネ君が200メートル先にいるシロ君に魔ッカーボールを蹴り当てるくらいの確率で」
 クロちゃんは訝しげに目を細める。口は真一文字。笑ってくれよ。
「それが現実になれば、真っ直ぐシロさんを奪いに来ますね。トランさんの所は物騒にしろまだ話が出来ますけど、相手がバケモノだったらそうはいきません。喧嘩と調停しか興味の無い大人たちは、この街を手を取り合って邪魔しあうでしょうから手助け差し引きゼロ。結局子供(わたし)たちはいつも通り、自分の身は自分で守らなきゃいけないようですね」
 真っ直ぐ見つめてくるクロちゃん。いつも通りの決心の早い我らが女王様だ。こういう自身溢れる人は、例に漏れず、強い。
「お兄様、無詠唱魔法の件はまた後ほど伺います。私はする事があるのでこれで失礼します。部屋の鍵は職員室に返しておいてください。それでは」
 踵を返して颯爽と去っていく生徒会長。その後姿は、負ける事など無いと、我ら子供が手を取り合えばどんな敵も怖くは無いと、子供(わたし)たちは大人たちのように馬鹿げた争いなどしないのだと、そう言っているようだ。
 ああ、でもね、クロちゃん…………。


「嘘吐いた。予知夢は何百回でも当たるんだ」


 子供だって争いあう。トラン君の所を見てみろ。同じ仲間でも騙し騙され憎み憎まれ、それは社会の縮小図。誰もが君のような人格者ばかりじゃないんだ。誰もが君のように魔法(ちから)のある人間ばかりじゃないんだ。その格差が、人の心を突き放す。
 予知夢を魔法と言えるなら、これは俺に許された唯一の魔法だろう。だけどこんなもの、誰が欲しがり誰が憎む? 利便性の無い、雑草のような力さ。
 『無詠唱』『魔法』? 違う。俺に有るのはただの科学(ちから)の一片。俺が授けられた万能に至るまでの実験の成果。ここで教えてる事の大半なら何でも出来る辺り魔法と大差ないが、そこには『詠唱』なんかある訳無ければ『魔法』ですら無い。


「クロちゃん。皆、平等になりたいんだ。そこに理屈は無いんだよ」


 万能なのはどちらか。君には本当は分かってるはずだ。手を取り合うなんて言っていられるのは子供のうちだけで、現実を飲み下さなきゃいけない日がやって来るんだ。現実に見える甘い幻想は、この部屋の扉のように、蓋をしなきゃいけなくなる日が来るんだよ。そうだろう?
 その日が来れば、君はきっとPTA(俺たち)の仲間になると信じてるよ。




 夢を見た。つまらない未来(ゆめ)だった。
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 誰にでも気分が憂鬱になる事があるだろう。その原因は、たとえば不始末を犯したばかりに要らぬ罰を受けてしまう事だったり、苦手な教師に長々とお説教をされる事になったり、とある建物の中で命のやり取りをなぜかする羽目になったりと、まあ人それぞれあるはずだ。
 無論、このたとえが全て適用してしまう稀有なお方も世の中に一人くらいはいる。それが、何の変哲もない午後八時の大通りをとぼとぼと歩き、もし他人の気分を色に変えて見る事が出来る能力を持った人がいれば、ドドメ色に映ったであろうという程、誰が見ても死にたいオーラを放っているその男性こそがそれだ。虚ろな目、フラフラと頼りない足取り、なかば開いた間抜けな口などなどが、この日彼がどれだけ疲れ果てているのかを如実に物語っていた。どうか通りすがる事があったら、ご愁傷様と一言言ってやって欲しい。
「あー…………、死にてぇ」
 ――――補足。こんな事言っている人に一言声掛けるのは難しいかもしれない。

 死にたいオーラをご近所様に振りまく事三十分、彼はようやく自宅まであと交差点一つという所まで帰ってきた。ああ、そこで「片道三十分も掛かるのかよ」と言わないでいただきたい。徒歩三十分も掛かる所に住んでいるのは、決して学校指定と不動産屋の意地悪ではないのだ。これには彼の不幸な偶然が、そう、ただでさえ不幸なのにそれに上乗せされる不幸が三つほど重なっているのだ。一つは彼が空を飛んだり歩行速度を上げたりはたまたワープしたりする事が出来ないという事(していいかどうかはさておいての話だが)。一つは自転車に乗れないという事。そして一つは、スーパーにも学校にも大体同じくらいの時間で行ける場所を選んでしまっただけだという事だ。余談だが、まだ彼の不幸事を追求するのなら、彼が今ここで待っている交差点は変形五叉路であって、信号の変わりが三分に一度で三十秒という、なかなかイライラさせられるものなのだった。さらにさらに、彼がこの交差点に差し掛かった瞬間に青信号が点滅を始め、ヤバイと思って走り出したにもかかわらず、無情にも赤信号に変わってしまったというのもまた不幸事の一つだろう。この世の無情のバーゲンセールのようである。
 そして今、彼は怒りを通り越して悲しいも通り越して無我の境地一歩手前にやってきている。では、彼の今の心境をついついぼやいてしまった愚痴から察してみる事にしよう。
 これである。
「あー……………………、死にてぇ」
 要約された一言が赤信号にぶっ放された。彼は今日一日で、随分と自分を簡潔に表現する事に長けたに違いない。彼はこの後三分間を疲労と戦いながら待つ事になるが、凡人には理解できない粋に達しているお方を見ていても面白くないので、彼以外にも視線を向けてみよう。たとえば、対岸にでも。
 そこにはロングコートを羽織り、ハットを目深に被った金髪の青年がいた。夜中だが、いや夜中だからこそかなり浮いている。夜中というのは怪しい者たちが活発になる時間であって、いやいや、妖しい人達ももちろん活発にはなるけれども、やたら小奇麗な服装で夜道を歩かれていると非常に浮いた妖しさがあふれ出というか、それならゴミで作った衣服をまとう浮浪者の方が、まだこういう時間には似合うというものではないだろうか。ああ、けれども決して小奇麗にしている人より浮浪者の方が勝っていると言っているわけではない。衣服を小奇麗かつ清潔に保って生活できている人がどうして劣っていると言えようか。しかしどちらが勝っているという議論はあまり意味のない議論であって、天は人の上に人を作らずという言葉が……、と言っている間に信号が変わってしまった。何か考えていると、時間の過ぎるのは早いものである。
 疲れ果てている彼は横断歩道を渡り始める。対岸で渡りもせずにいる男を気にも留めずに。
 疲れ果てている彼はそれとすれ違う。あまりにも変質的なそれに気が付かず。もっとも――。
「飛行機雲は好きかい?」
 疲労困憊にして虚ろな彼を振り向かせたのは、そんな一言だった。
「はい?」
 振り返った彼が見たのは、背を向けたまま佇んでいる青年の後姿だった。
「もし君が今後魔法とかかわる事が、そして行使しなければならないような事があったなら、空に雲で落書きするように、『何をするのか』と『何が起こるのか』を明確に持ってみるといい。そうすればおそらく、君は何でも出来る」
 疲れた脳が危機を感じてヒートアップする。しっかりしてきた意識が、自分は今何を見ているのかを捕らえる。それなりに暖かい春だというのに暑苦しそうなロングコート。いかにもな怪しさを醸し出しているハットと、そこから垂れ下がった天然らしさを漂わせた金髪。彼は、ひどく、怪しくて危ない状況だと思った。
「ああ、そろそろ行かないと」
 そんな危なっかしさからあっさり開放してくれたのは点滅を始めた青信号だった。青年は、早足に横断歩道を渡り始めた。その後姿を眺めていた彼は、言わなくてもいいのに一言口に出してしまう。
「何なんだよ、あんた」
 大きな声を出したつもりはない。むしろ、小さい声だった。けれども、そんな声量でも足早に歩いていた青年の耳には届いていた。変わる赤信号、対岸同士、入れ替わった立ち位置、青年は振り向き、ただ一言。
「私はトラン。君が欲しい」
 それを聞いた途端、シロは身の毛もよだつ思いで走り去ってしまった。言われた事のショッキングさと、あまりにも印象的すぎる、赤と青の瞳に驚いてしまったから。

 これが、彼ら二人が本当に出会ってしまった、最初の出来事である。
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