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 赤に変わった信号が青に変わり、点滅してまた赤に変わる。
 今あったことを思い起こしながらトランはもう誰もいない交差点の向こう側を見つめていた。
「まさか……な。」
 ベノム、ベリアルに自らの推測を話したときは本人ですら半信半疑だった。
 推測はできても信じることはできなかった。

 トランは自らの能力に自信を持っている。
 自信を持っているからこそ自らの振るう魔法がどのような結果を生むのか、はっきりとイメージすることができる。
 明確なイメージは魔法に歪みのない確固たる形を与えてくれる。
 完璧な形を持った魔法はどんな抵抗をも物ともせず必然としてその効果を発揮する、絶対的な力を持つ。
 絶対的な力を持つ魔法は、自分により強固な自信を与えてくれる。
 この正の連鎖が崩れない限り、トランの魔法が防がれることは無いはずだった。

 『君が欲しい』
 この言葉をトリガーとしてトランは呪文を完成させた。
 シロと呼ばれる少年の自我を奪い操り人形と化す、そんな魔法をトランは完成させたのだ。
 シロが、より強固なイメージを作り抵抗したならば防がれる可能性はあった。だからシロに気付かれないよう呪文は細心の注意のもとに行った。
 もしもどこかの誰かがトランの呪文を妨害してきたのなら事前に防がれることもあっただろう。だから周囲には誰もいないことは確認した。
 もしもシロが心を持たない人形か何かだったなら?そうでないことは調査済みだ。
 あるいは……。
 あらゆる可能性を想定し防がれる全ての可能性を排除したこの魔法が、しかし何の効果も表すことはなかった。

『あの飛行機に乗っていた全ての人間が即死していた中、あの少年は無傷で生き残っていた。
 ジャミングによって詠唱魔法が使えない状態であったにも関わらず、だ。
 運が良かったとしても後の火災でどうやって生き延びることができたのか?
 私が見出せる、あり得ないと言い切ることのできない可能性は一つだけだ。』
 今も……おそらくあの時も、彼はなんの詠唱もせず、はっきりとした抵抗するイメージも持たず、身を守らなければという意志すら持たず、形作られてさえいない垂れ流された魔法力だけで自らを害する物を退けたのだろう。
 強い意志の込められた詠唱魔法、人の身では到底耐えることのできない物理現象、それらを無意識のうちに超越してしまう魔法力。
 あり得ないと一蹴したくなるそんな能力を、有史上一つだけ持っていたとされる存在がいた。
 それがトランが否定し切れなかった唯一の可能性。

「やはりあのシロという少年は、神のごとき魔法力の持ち主なのか……。」



 青、赤、青、赤、……
「はっ!?」
 何度変わったのか、目の前の信号はまた青を点していた。
「しまったな……またやってしまった。興味が沸くとすぐこれだ」
 興味深いことがあるとつい考え込み忘我の境に入ってしまう、それがつい数十分前にもベリアルに注意されたトランの癖だった。
 交差点を後に早足で歩き出す。
 先ほどシロに伝えた魔法のコツ。それを彼が覚えていたなら明日面白いことが起こるかもしれない。
 そんなことを考えつつトランは家路に着いた。
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短針が4と5の間を、持久走程度の早さで走って行く。春のこの時間帯はまだ日が高いが、沈むのも遅くはない。少しずつ、少しずつ太陽は帰路へと赴く。
今日は良い天気であった。雲一つもない晴天で、今も夕日の赤を遮るような無粋なものはいない。
――否、1つだけあった。全体が美しい赤に染まっている病室の中、窓から夕日を眺めている長髪の少女が一人。彼女が日陰となり、その分だけ床に影が落とされていた。
 ため息が吐かれる。憂鬱というよりそれは、恋に焦がれる少女の微熱の如く、それは大気に溶け込んで行く。
 そしてその微かな音色によってかは定かではないが、彼女の背後で身じろぎがあった。
 少女が振り向けば、簡素で最悪に寝心地が悪い病院のベッドの上で、金髪の青年が上半身を起こし、目を細めてこちらを見つめていた。
「おはようございます、お兄ちゃん」
 暗に寝すぎですよ、という意味合いを込めて、からかうような声色でそう言う。対する金髪の青年――トランは、ゆっくりと頷いてからじわりと穏やかな微笑みを浮かべた。
「あぁ、おはよう……もうすぐこんばんは、か。僕はどれぐらい気を失っていたんだい、バイオレット?」
「丸一日ほどですよ。外傷はほとんどなかったですけど……昏睡状態になるほど精神的に磨耗してしまった……って、お医者さんが説明してくださいました。学園は凄いですよね、園内にこんな設備のいい病院を持っているなんて」
 医者も良かったですし、と素直に感心してみせるバイオレットに、トランは少し苦笑する。その苦笑の五割はそこまで深く気を失っていた自分への呆れで、もう半分は彼女の暢気な物言いに対するものであった。
「そりゃ、大切な生徒『様』だからね。手間はかけるさ」
「それほど大切に想って、期待もしているってことですか?」
 前向きなバイオレットの言葉に対し、トランは現実的にどうかな、と小さく呟く。
「まぁ、それよか……バイオレット、君がここに来た理由を聞かせてもらいたいかな。私達は一応『兄妹』だけど……今回の事で学園にはっきりとマークされてしまった以上、私に近づくのは感心しないよ?」
「あら、妹が兄の心配をするのは人として当然ですよ。それがたとえ――造られた人間だとしても」
 クスクス、と可愛らしく笑いながら、何の気なしにバイオレットという少女はそう言う。それは彼女の悲しい所だと思いながらも、トランは小さく首肯する。
「ま、君は普段は優等生だし、私に繋がりはあれども表で協力させたことはないから今のところ警戒は薄い、か。でも、ちゃんと気をつけるんだよ?」
「平気ですよ。私には便利な力がありますから」
「……ほどほどに、ね」
 何を、とは言わないトランの言葉に対してもバイオレットは微笑みを崩さずに頷く。
「でもね、お兄ちゃん。私もそろそろ感覚を思い出さないといけないんだよ」
 林檎好きだよね?と聞きながら見舞い用のバスケットにぎっしりと詰められていた赤林檎を無作為に一つ取り、これまた備え付けられていた果物ナイフで器用に皮を剥きながら、バイオレットはそう言う。
「その口ぶりだと、いよいよみたいだね?」
「えぇ。せめて切り札は上手く切りたいと――お兄ちゃんも、そうでしょう?」
「どうだろうね、僕は……」
 言いかけて、トランは自覚する。どうにもしばらく学園内で平穏な生活を満喫していたせいで、感情が日和っているのだということを。
「(……甘いね、僕は)」
 そもそもやろうとしていることの大きさを思えば犠牲は多大に払わなければならない。それはわかっているはずなのに、無意識にその高額さに戸惑って代替の財を捜し求めてしまう。いわゆるそれは温い妥協案。大人の最も得意で、卑怯な部分だ。
「私のことなら」
 思い悩んで沈黙するトランに対し、バイオレットは静かに囁く。見れば彼女の表情からは微笑みが消え――否、全ての表情が消えていて――しかし僅かに、その瞳だけが少しばかり、小波のように揺らいでいた。
「いいんです、お兄ちゃん。お兄ちゃんのためなら大丈夫だし、それに――上手くいけば、シロさんとも一緒にいられるから――私のためにも、なるから」
 最後、シロのことを言う彼女の顔には、微笑みが戻っていた。
 それはそれ以外がないという欠如ではなく、それがあるという、掛け値なしの本物の笑みであった。
 その微笑みに、トランの中の罪悪感が渦を巻いて、その心を飲み込もうとする。
「(私は……最低なのだろうか)」
 いや、最低なのだろう。トランは容赦なく自身を断罪し、受け入れた。
 彼女を道具として買った事実は、絶対に消えない。たとえそこに一抹の同情と、同族意識が働いていたとしても、根本は同じ。自分が傀儡師で、彼女は傀儡人形。そして自分もまた人形で、操り主がいる。となれば、彼女は人形に付随する備品以下でしかない。
 そんな、最低で最悪な現実。パーティ後に袋詰めされるはずだった屑ゴミを拾い上げたというだけの事実。その屑ゴミ扱いされた物が、こんなにも穏やかに微笑めたという真実。
 世界は残酷で、不平等で、裁きの神あれど、救いの神は現れず。人を救うのは人なれど、人は他人を救わない……そんな世界の今日は昨日より暗く、明日はなお、昏い。
 影はしだいに伸び、暗闇の到来、その必然を予感させた。

「ん……」
 全身がけだるい感覚に襲われているのを感じながらシロはゆっくりと意識を覚醒させる。
 そして、覚醒していく意識は一つの疑問を浮かべた。
「(あれ、どうしてベッドで眠ってたんだ……?)」
 そこは紛れもなくシロの家のベッドであるし、首を動かして周囲を見回してもここが自分の家だということが分かる。
「(えっと、帰りに校門でベノムと出会って……それから、何もなかった)」
 すぐにトランに言われたこと、コガネが自分を置いて行ったことを思い出し、否定する。
「(そうだ、あれは夢だ……ベノムと出会っただけで委縮した俺が家で寝て見た夢……そうに違いない……そう、だよな……?)」
 シロは毛布に包まり、震えながら今日の出来事を否定し続けた。
 重要なことを忘れてることにも気付かずに。




―――――――――――――――――――――


「え、えらい目に会った……大体、クロちゃんは説明しない割に細かいんだもん。嫌になっちゃう」
 ほぼ同時刻、クロの説教で精神的に疲弊したトキワが愚痴をこぼしていた。
 本人の前で言えば説教が長くなることは明白なので、こうしてクロにバレないところで愚痴をこぼすことがせめてもの仕返しだった。
「トキワ先輩、こんなところでどうしたんですかぁ?」
 予想外の声にトキワは慌てて後ろを振り向くと生徒会の資料と思しき書類を抱えて部屋から出てくるルリの姿があった。
「……ルリちゃん、今の私の言葉を聞いてたりする?」
 自分の愚痴が聞かれていたらどうするかと考えつつトキワはルリに聞いてみた。
 もし、告げ口でもされる可能性があれば魔法を使ってでも口を封じる心構えさえある。
 そう思わせるほどにトキワにとっての怒るクロは恐ろしかった。
 それがバレたらさらに怒られることにまったく気付かないほどに。
「え? ……何も聞いてないですぅ」
 しかし、幸か不幸かそんなトキワの気迫がルリに「聞いてない」と答えた方がいいと思わせた。
 その気迫を抜きにしても何を言っていたのかまでは聞こえてなかったのでどちらにしても口封じなどする必要はないのだが。
「ならいいんだけどさ……あ、何が聞きたいんだっけ?」
「いや、どうしてこんな時間にこんなところにいるのかなぁと」
「あー、それが聞いてよ。 私、クロちゃんにいきなり呼び出されちゃってさー」
「はぁ……」
 ルリは心の中で余計なことを聞いてしまったと後悔する。
 このような話題でトキワが長話をしなかった試しがなかったためだ。
 ついでに、その発言でトキワが何を言っていたのか大体は把握出来たルリは場合によっては告げ口でもしてやろうかとも思った。
「で、クロちゃんの指令でシロくんの監視とか護衛とかしてたら急にお腹が空いてきて丁度ポケットに入ってたお菓」
「先輩の護衛……? 監視は分かりますけど、護衛って何から守ってたんですぅ?」
「えーっと、確かあの時にいきなり入ってきた金髪の……」
「……あぁ、分かりましたですぅ」
 ルリは頷きながら、今までの出逢いでトランがどのような人間だったかを思い出し、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「でも、私たちの方針は基本的に事後処理なのに何ででしょう?」
「さぁ? まぁ、私が守るまでもなく勝手に撃退しちゃったんだけどねー」
「お姉さまが来てたんですか!?」
 ルリはコガネの雄姿を見ることが出来たのだろうかと驚きと無念の声をあげる。
「んーん、来たことは来たんだけどシロくんのことを助けずにそのまま帰っちゃったよ。 だから、私が助けようと思ってその場に向かったらシロくんが見たことない魔法でぶわーって光ってねー」
「え、先輩が……?」
 ルリは2、3年前からシロたちと付き合いがあるにも関わらず、そのような話は一度たりとも聞いたことがなかった。
 そもそも、低級魔法すら失敗してしまうシロにそんな大がかりな魔法が使えるなどとは考えたことさえない。
「それは彼らが使ったものであって、先輩が使ったわけじゃないという可能性はないんですか?」
「みんなダメージを受けてたし、シロくんを中心に発生してたからそれはないよ」
「(実は普通に魔法が使えた? だとしても隠す必要がないですし……そもそも、隠したいことだったらトキワ先輩がやられるまで待ってもいいはずなのに……それとも、何か発動出来ない理由があった? 例えば、精神的に追い詰められているときにしか発動出来なくて……)」
 ルリは思わぬ事実にトキワがいることも忘れて考え込む。
 シロがそんな魔法を使えたこと自体は大した問題ではなくとも、そこに生徒会がわざわざ守らねばならない理由が隠されているような気がしてならなかった。
「(そもそも、あの男が先輩を狙った理由は本当に妹のため? 実は先輩がそんな魔法を使えることを知っていて狙ってたとか……でも、それじゃあ何のためにそんな力を求めたんだろう? ……駄目だ、知らないことが多すぎて推理にならない」
 生徒会に入っているにも関わらず、まるで情報を持たないために推理が出来ないこの状況に苛立ちを募らせた。
 ルリにとって、生徒会に所属していることなどコガネの役に立つために過ぎない。
 にも関わらず、コガネが手に入れたいであろう情報がまるで手に入らないこの状況はあってはならないことなのだ。
「(……そうだ、お姉さまは先輩がその魔法を使えることを知っていた? てっきり、あの男が何かしたものだと思ってたけど、先輩が魔法を使え……違う。 そうだとしたら、そもそも来る理由がない」
「あのー、大丈夫?」
 ルリはトキワに声をかけられ、ようやく自分が深い思考に没頭してることに気付いた。
「……はい」
「何考えてたのかは分からないけど、あまり考えすぎるのもよくないよ?」
「でも、気になるものは気になるですぅ」
 もし、これが自分の知らない赤の他人だったら気にすることなどなかっただろう。
 しかし、ルリにとってシロは良くも悪くも赤の他人ではなかった。
「……そうだ、資料室になら何かあるかも」
「資料室は許可もなしに入っちゃ……」
「……トキワ先輩は来てくれないですか?」
「うーん、そうすると後でクロちゃんとか先生に怒られるのは私だし……」
 トキワは言葉を濁して断ろうとする。
 ただでさえ、先ほど怒られてきたばかりだというのにまた怒られる事態に陥るのはごめんだった。
「分かりました……。 じゃあ、一人で行きます」
「まぁ、それなら……」
「で、捕まったときにはトキワ先輩に許可をもらったと言います……」
 トキワは今までにないルリの黒い発言に驚きを隠せなかった。
 トキワにとって、ルリは比較的まともな人だとさえ思っていただけにその驚きはトキワに反論させることを諦めさせるほどだった。
「……あのさ、人を脅すのはよくないと思うんだ」
「え、何か言いました?」
「……」
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