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魔法学園小説 ―2話―

今シロは聞き手に回るしかなかった。
 校舎によって長方形に切り取られた空から暖かい日が舞い込む。風は優しく木を撫で、花を揺らす。まさに小春日和の中庭には生徒達がそれぞれ友人と和気藹々と雑談を楽しんでいる。
 しかし彼の横に座る少女から発せられる不可視のオーラと機関銃の弾のように吐き出される愚痴と悪態の数々は有無を言わさず彼を従わせる力があった。暖かな空間にそぐわない空気が中庭の一部に形成されていた。
 シロは彼女の言葉を聞き、反芻し相槌を打って、左から右へと聞き流す。この行為は今まで何回も経験してきたこととはいえ、長時間付き合うのには一向に慣れはしない。
 今彼女が話しているのは今朝のことだ。
 朝、シロは全力疾走したものの結局朝のホームに間に合わず、空を飛んで先に行ったはずのコガネはというとなぜかシロより後に教室に入ってきた。
 その原因は、その空を飛んだことで教師に見つかりこってり絞られたということであった。
 ただ、いくら彼女でも普通に叱られたら反省するくらいで済んだだろう。そして遅れることもなかったはずだ。ただ、叱る教師が悪かった。ミス=ヒステリア、そう陰で呼ばれる教師に見つかったのだ。そのあだ名の通り少しのことで毎回激しい説教をはじめる。しかも過去の済んだことまで引っ張り出し、グチグチと続けるのだ。下手に言い返せばその説教は加速し手におえなくなる。生徒どころか、一部の若い教師の中には彼女に捕まって授業に遅れた生徒の遅刻を気の毒だからと取り消すことをするくらいである。
 だから彼女は遅れてしまった。ホームが終わる直前まで開放されなかったようで傍目にもやつれて見えた。しかも追い討ちを掛けたのはホーム主任だった。彼は同情などをしない教師だったため、コガネは新学期初日から遅刻欄に名前を書かれてしまった。シロは常習犯なので気にしないが。彼女は自分が原因とはいえ、説教で遅れたのだから大目に見てくれても、という思いがどこかにあったのだろう。
 コガネのミス=ヒステリアに対する愚痴は開始四十分続き収まった。今はホーム主任に対しての罵倒が続いている。これを聞いてもシロ自身に何か得があるわけではない。ただ、これを最後まで聞き流していないと後が怖い。シロは一度だけ無視したことがある。それから一週間彼女の冷たい笑顔が脳裏に焼きついたまま悪夢にうなされた。シロにとってあれはトラウマどころの話ではない。それ以来彼女の愚痴に耳を貸さないことはなくなった。彼女のほうも従順になったわね、とまるで小間使いを得たような雰囲気だった。
 だから今も今までと違わずその愚痴を聞いている。最近は話の流し方も身についてきて、以前よりも疲労感は軽くなってきている。
 決して、慣れてきているわけではないと自分自身に言い訳をする。
 彼女の罵倒が一瞬止まったときシロは、
「はぁ・・・・・・」
 と、ため息をつきながら目を細めた。
 そして息が出終わる前に再び飲み込んだ。が、視線を動かすより先に、
「ため息をつくなんていい度胸してるわね」
 コガネのそんな言葉を耳にしたとき、シロは目の前が真っ白になる感覚を味わった。
 油断していたとはいえ、不覚を取ってしまった。
 ヤバイと思った瞬間、彼はまた新しいトラウマを植え付けられることとなる。


 シロとコガネは何もできずに立っているしかなかった。
 中庭で怒気を含んだ目に引き攣った笑顔を浮かべたコガネと、目の焦点が定まっていない上に体が小刻みに震えているシロを呼びに来たのは生徒会役員と名乗る生徒だった。
 そして今彼らは生徒会室にいる。
 彼らが在学する慶昴(ケイボウ)国立魔法学園において、その管理体制は一般学校と少々異なる部分があった。まずはこの生徒会の存在。教師達と同等の力を持つこの組織は生徒会長を頭として機能している。そして生徒の素行調査や一般雑務などは、ほぼこの生徒会が担っている。俗に言う取締り組だ。また生徒会長はその年の最高学年の成績最優良者であり、今シロ達の前にいる少女だ。シロたちと比べて四、五才は年下のように見える彼女は、黒い長髪と全てを飲み込む闇ような瞳をしていた。
リレー2話
「あなた達の素行は目に余ります」
 年相応の言葉遣いなど微塵も感じられない。シロが感じたのは同じ生徒というよりも教師に近い雰囲気だった。
 なぜ年下の彼女が最高学年にいるのか。それはこの学校が他の学校と違うもう一つの点だ。
 魔法学校の目的は、魔法に対しての知識を得ること、自分の実力を把握すること。そして実力を磨くこと。だから入学や進学システムに違いがある。入学システムは、年齢に関係なく入学試験を受けられるということ。そして進学システムは全てが本人の実力次第という単純明快なものだ。前期後期の二学期制をとり、各学期末のテストで合格点を出せば次の学期から上の学年にあがる。しかし最終学年だけは一年間在学しなければならず、また後期から最終学年に上がった場合、一年過ごせば前期終了時に期間終了となるが、卒業できると扱われるのはその年の後期の終わりとなるため、実質一年半最終学年で過ごすこととなる。
 そして今、シロたちの前には学園史上最年少記録を保持している少女、クロが座っている。
 クロはふと視線を机上に落とす。そこにはシロとコガネの評価プリントがある。
「シロ君。遅刻常習犯。遅刻回数は学園内でもダントツで独走中。成績も留年ギリギリ、と言っても筆記のほうはそこそこなのに、実技が悲惨ね」
 シロはよくこう言われる。『頭の中は真っ白だから知識が入る。魔法のほうは真っ白だから何もできない』と。彼自身それは否定しない。覚えるのは得意だが実行するのは苦手だ。
「前にも注意したはずなんだけどなあ。直す気はないの?」
 上目遣いでこちらを見るクロには愛嬌とは言いがたい別の雰囲気があった。
 シロは一年の後期でも遅刻や成績の注意を受けた。しかしシロ自身はそんなに気にするわけでもなくそのまま生活をしていても追って注意がこないことから無視することにしていた。まさか進級して早々言われるとは思ってもいなかった。でも同時に早めの忠告は生徒会長の優しさも含まれているのかな、とも思った。
「次、コガネさん。あなたも前に二回くらい注意されていたはずよね?」
 クロの視線が横に動き、コガネを捕らえる。
 魔法の行使はセンスが大きな割合を占める。そしてコガネにはそのセンスがあった。たちどころとは行かないまでも短時間の練習で色々な魔法の行使を可能とできるほどの。それが逆に災いした。ある程度のことは大抵すぐ出来てしまうから、習得するまでの過程が存在しなくなる。だから、彼女の実技テストは常にトップクラスだ。しかし筆記において点数は平均に留まる。通常ならば、本を開き、知識を得、それを年頭において技術を習得するのだ。しかしそれが彼女にはない。だから知識が若干欠如する。
 黄金(コガネ)は輝く。その内部の価値はとても大きいものだ。しかし外からのものは反射し、拒んでしまう。それがコガネという人物だった。
 その彼女今までが受けてきた注意は『魔法の使用を極力控えろ』と言うものだった。彼女は癖であるかのように少し遠くのものを取るにも、急がなければいけないとき、その他使えるところでは大概魔法を使う。それ自体、校則で、今朝は正規の手順を踏まない『無詠唱行使』を、しかも校外で行った。手順を踏まなければ失敗したとき魔法行使者には詠唱を行ったときに比べ段違いの反動が帰ってくる。詠唱には安全装置の役割も含まれている。彼女が無詠唱行使を行ったことはミス=ヒステリアには知られていないようだったが、生徒会のほうではその事実も把握しているようだった。
 クロに対峙するコガネの表情がより一層硬くなる。
 クロは真っ直ぐ二人を見つめる。
 すっと腕を上げ、並んで立つ二人の間を指差す。流れるような動作は二人の目を引くものだった。そして彼女の口から澄んだ詠(ウタ)が流れる。その瞬間、シロとコガネの間を何かがすり抜け、後方にある花瓶が砕けた。花瓶が割れた後も、風が通った側の肌がピリピリと痺れる。
 無言で放たれた魔法にシロ達は立ち尽くした。反応できずただ呆然とするしかなかった。そこに言葉にならない圧力があった。脅しとしか取れないその行為で、彼らの発言権はこれで完全に消えうせた。
 実力テストは二種類。教師相手の魔法の確認を行うものと、生徒同士の戦い。共に教師の決めた魔法を使うものだが、後者は4年次以上の者が行うテストだ。人に向けて魔法を打つというのは、当然進んでやるものではないし、また狙いが外れれば大惨事を引き起こす。テストのときも教師が付き添い、防具をつけて行う。それを何の躊躇いもなく狙い打てる彼女には、それ相応の実力が伴っていることを示した。
 黒は闇。何色にも染まらないし染められない。
 彼女は自分でそう言っている。それも彼女の強さの一部かもしれない、とシロは思った。
 そのクロはその長髪を撫で、目を細める。それが彼女の中で何か決まったんだろうか、とシロとコガネは同時に心の中で覚悟した。
「・・・・・・」
 沈黙が続く。引き伸ばされた時間が粘り気のある空気を生み出しているように思えた。
 その沈黙を破ったのはクロだった。ふっと表情を緩め、幾分少女のような笑顔となる。
 そして身構える二人に対し、彼女はこう言い渡した。
「あなた達には矯正という名目で罰を受けてもらいます」
 魔法による脅しにより全てを制限されたシロ達は乾いた笑いすら発することも出来なかった。


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