「マッタクよぉ……散々だったぜ、今日は!」
夜――魔法学園の周辺都市においていくつかある人通りの少ない裏路地で、ベリアルは罵詈雑言を放っていた。 見れば、彼の右手首から鎖で繋がっている鉄球はわずかに赤黒く汚れ――じっとりと湿っている。 ソレが何なのかは、言わずともわかるというものだ。
「あの腹黒そうなクソガキを撒いたと思ったら、そこかしこから黒服の野朗達が出てきやがって……ゴキブリかあいつら……しかも、適当にあしらいながらカワイコちゃんでもいねぇか探していたのに全員ムキムキマッチョのむさ苦しい奴らばっかりだったし……こちとら筋肉バカは眼中にないっつーのによぉ……」
自身の筋骨隆々ぶりを棚上げしてそんなことを言う彼の表情は不機嫌からか、いつになく険しい。 その不機嫌の理由には無論、夕刻の騒動も一枚噛んでいるが――
「……つうか機械いじってねぇでこっちの話も聞けってんだよ、馬鹿ベノム!」
不躾なまでの怒号。 しかしそれを浴びてなお、座り込んで銃の手入れをしている少女は無感動なままである。 銃の手入れに夢中なのか、あるいは彼の話にまったく興味がないからなのか。
「馬鹿とは失礼ね。 筋肉馬鹿に言われるなんて甚だ心外だわ」
そんなドライ極まりない台詞を言う彼女はやはりベリアルの方を見ていない。 だから当然、ますます不機嫌になってゆく彼の表情を見ることもできなかった。
「俺が筋肉馬鹿ならお前は機械馬鹿だ。 だいたい今日の戦闘の時、お前明らかに手を抜いていたじゃねぇか」
はっ、と鼻で笑ってやってからベリアルはさらに続けて、
「『毒を変える』だぁ? あんなチビっこに中和される程度の毒使いやがって……ホントは獲物が触ってから数秒もしねぇうちにしとめられるくせによぉ」
「あら、学園の生徒の身分で殺傷をしたら流石にマズイから力をセーブしただけよ? それに本気を出しているか出してないかを非難するっていうのなら、ベリアル、あなたも同じじゃない」
磨き上げた銃を組み直し、完成した美しき破壊の道具にため息を吐きながら、ベノムは言った。
「相手の認識を操作して特定の物を『無価値(ベリアル)である』と判断させるのがあなたの本分でしょうに。 手を抜いていたから迷彩能力程度になっていたわよ、あの鉄球」
「……お前がやる気なさそうだったから合わせざるを得なかったんだよ」
舌打ちをしつつも、ベリアルは仕方のなさそうに呟く。 その言動からして、カワイコちゃん以外は潰してもかまわないとでも思っていたが――彼の言葉を借りれば、ベノムの態度に合わせ、本気を出さなかったということなのだろう。 わかりきっていることをイチイチ指摘されたからか、彼は益々不機嫌さを増してゆき――
しかし彼が顔を上げて前方を見た瞬間、その不機嫌さは残らず吹き飛んだ。
「よぅ、ダンナぁ。 遅かったじゃないの♪」
先ほどまでの不機嫌な言動からは想像できないほどに軽い調子で、ベリアルは来訪者を迎えた。 それは子供に説教中の母親が電話に出た途端、余所行きの甘ったるい声になるのと似ていた。
だから、というわけでもなく、迎えられた来訪者――髪は金髪で、左目は紅、右目は蒼というカラフルな色合いをした美青年は、無表情のままに頷いただけであった。
「すまないな、ベリアル。 ……ベノムも、待ちくたびれていたようだな?」
「こんな機械馬鹿に気を遣う必要はないですよぉ、ダンナぁ」
いつになく甘ったるい声のベリアルは、それはそれで気色悪いものがあったがまったくそれを意に介した様子もなく、青年はただ薄く微笑んだ。
「私がもっと早く来れば彼女も機械の手入れなどしなかっただろう。 それにその物言いはいささか配慮に欠けると思うが?」
ダンナがそう言うなら、と笑顔で返すベリアルに対してベノムがため息を吐き、次いで青年の方に尋ねた。
「それで、トラン。 遅刻してきたのはいいとして、一つ聞きたいことがあるのだけど」
「何だ、ベノム?」
「あたし達のターゲット……ひいては、メンバー全員にとって必要となるもののことよ」
「聞こう」
それじゃあ、と言ってベノムは金髪の青年――トランの方に向きなおりながら、改めて尋ねた。
「今日、そのターゲットに会ってきたわ」
「……ほう。 本人に?」
「えぇ。 でも……本当に、あんなやつが必要なの?」
「どういう意味で、だ?」
「そのままの意味よ。 見たところ、あれは初級の魔法ですら満足に使いこなせなさそうだったけど……そんなやつに利用価値なんて、あるの?」
ベノムの歯に衣をきせない物言いに対し、少し考えるような素振りを見せてからトランは応えた。
「無論、あるだろう。 だが」
「だが?」
「残念だが私も詳細は聞かされてなくてね、推測で物をいうことしかできなくて申し訳ない限りだ」
「……まぁ、いいわ。 で、あなたはあれにどんな利用価値を見出しているの?」
「そうだな……まず、視点を変えてみようか。 ベノム、君はあれが初級の魔法ですら満足に使いこなせそうにない、と言っていたな。 だが――」
どこか底知れぬものが潜む笑みを浮かべながら、トランは言った。
「あの飛行機事件の真のターゲットもまた――あれだったんだよ」
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