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魔法学園小説 ―38話―

夜が更け、病院の消灯時間も過ぎた頃合であった。
周囲は静まりかえり、遠くの道路を走る車のエンジン音だけが時折響いている。あとは微かに虫の音色が聞こえる程度ではあるが、そんなものは瑣末な事で、大方、真夜中という時間帯にふさわしい静寂であった。
 そんな中、病院からは一つ・二つほど離れている建物の陰で紫色の髪をした少女は待機していた。その鋭い眼光が睨んでいるのはただ一点、街灯の光によって微かに照らされている、宙に浮いた民族衣装の男だ。真夜中、カラフルな民族衣装、さらには宙に浮いているという……あまりにも怪しすぎて幻覚か幽霊なのではないかと一般人なら思ってしまうようなその外見の男は、しかし彼女にとっては待ち焦がれていた人物であった。
 彼女の名誉のために付け加えるならば無論、待ち焦がれるといえどもそれは恋焦がれることではない。事実、冷え切った夜の空気の中でさえさらにと感じるほどに冷徹な彼女の視線は、恋煩いをしている乙女のものなどではなかった。
「(さて、と)」
 民族衣装の男が窓から病院に侵入し、その窓が閉じられたことを視認した後に、彼女は自身の懐から携帯電話を取り出し、連絡を行おうとして……監視役である自分をさらに見つめている存在に気付いて、ため息を吐いた。
「ねぇ、人を覗き見るなんて……悪趣味を通り越して、情けないとは思わないの?」
 もっとも、今の自分が言えた義理でもないんだけどね。と一人心の中で呟いて苦笑する少女――ベノムはそう言いながら、視線の主の方へと向き直る。意外にも、その人物はベノムの声を聞いて物陰からあっさりと姿を現した。
 その視線の正体は紫色で、癖のないストレートのロングヘアーの少女で。
 間違い探し程度の相違点はあれども――ベノムと並び立てば、それは瓜二つというほかに言いようがないほどに、その少女はベノムに似通っていた。
「あら、どうしたの?……バイオレット」
 何の気なしに。監視をしていたという素振りすらも見せずに、ベノムが自分に瓜二つである少女――バイオレットに問いかける。
 対して、バイオレットと呼ばれた少女はにこにこと人好きのする笑顔を浮かべて、軽く首を傾げながら応えた。
「うん、ちょっと眠れなくって散歩してた。……お姉ちゃんは、こんなところで何をしていたの?」
「奇遇ね。私も眠れなくて夜風に当たっていたところよ」
 さらりとそう言ってのけるベノムに対し、バイオレットはそっかぁ、と笑顔のままに呟いた後に、自分の左手に乗せていた銀の貝殻――のような形をした何かに耳を当て、ひとしきり頷いてから、口を開いた。
「それ、嘘だよね。この子……機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)がこう言っているよ。今日、お姉ちゃんが気まぐれで夜の散歩に出かける可能性はないって」
「……まだ、そんなガラクタを使っているの?」
傍から見れば不思議ちゃん、というか痛い子にしか見えないバイオレットのその様子を、じと目で見ながら、哀れみを隠そうともせずにベノムがそう言う。
「ガラクタは酷いよ、お姉ちゃん。私、これを持ってると落ち着いて魔法使いやすいんだよ?的中率も当社比で2、3倍だよ」
「バイオレット、一つだけ言っておくと……99.9%を2、3倍すると200%という素晴らしく意味のない数字になるのよ?」
「120%ぐらいまで溜める主砲があるぐらいなんだから、200%ぐらいいいじゃない」
 わかってないなぁ、とでも言いたげな得意げ笑顔を振りまくバイオレットに、しかしベノムは油断をせずに脳内で冷静に対処法を考えていた。
「あ、酷いよ、お姉ちゃん」
 ポツリ、とバイオレットが呟く。その表情は、未だに曇りの無い笑顔であった。
「今、銃を引き抜いて――威嚇なしで、私を撃とうとしたね?」
 ピタリ、とベノムの手の動きが止まる。懐には、いつも愛用している機関銃の代わりとして持ってきた拳銃が入っていたのだが。
「……参ったわね。あなたには敵わないわ、バイオレット」
「そんなことないよ。私ができることなんて限られているし」
 バイオレットのその言葉には返さずに、ベノムは一つ、長いため息を吐いてから、自分と瓜二つである彼女を睨み付けた。
「で、私のやろうとしたこと――いや、もう私の立ち位置も含めて、『読んだ』んでしょう?」
「うん」
 未だに笑顔を――もはや、それ以外の表情はできないのではないだろうか、と見紛うほどに良い笑顔を継続したままに、バイオレットは言葉を紡いでいく。
「私ね、お姉ちゃんが私と同じ組織に入ってくれたこと、凄く嬉しかったよ」
「そう」
「もう二度と会えないんだって、思ってた。私と、お兄ちゃんと、お姉ちゃん……三人でいれば、それだけで幸せだと思っていたのに」
「そうね。昔は、それだけで幸せだったわね」
「今だって、きっとそうだよ。でもね。駄目だよ、お姉ちゃん。私達の敵に……PTAの命令で、私達の組織に潜り込んでくるなんて」
「そうねぇ。バレたら、殺されるわね、私」
「……大丈夫だよ。この事は、まだ私しか知らないから」
「あら。じゃあ、あなたが邪魔をしなければ問題ないのね?」
 まるで天使のような柔和な微笑みをたたえながら、ベノムが凍てつくような視線をバイオレットに向ける。
「駄目だよ、お姉ちゃん。お姉ちゃんがやろうとしていることは、私達に致命的な不利をもたす。お姉ちゃんでもそれは許せないし――それに」
 それに、と区切り、バイオレットは微笑みを消した。
「それに、シロさんのことは、お姉ちゃん達には絶対に渡せないよ」
 ベノムは知っている。その少女と格別に近しい立ち位置である自分だからこそよくわかる。目の前の少女――バイオレットの表情が完全に消えたということは、危険信号なのであると。
 何故なら、この少女には喜・楽を伝えるための笑顔はあっても、それ以外の――哀・怒を現すための表情が欠落しており、その結果、表情の喪失がどちらに傾いているのか、加えて、どれほどの情動であるのか、判断がまったくつかないからである。
「……ずいぶん、ご執心ね」
「シロさんの力は、お兄ちゃん……ううん、私達に必要だから。それに」
 突如、それはまるで雲の隙間から太陽が顔を覗かせたかのような、そんな眩しさを感じるような――自然な微笑みを、バイオレットは浮かべていた。
「それに、私は……シロさんのこと、好きだから」
「そう」
 存外に。そう、自分で思っていた以上に冷たい声だと、ベノムは思う。
 何故、こんなに苛立つのか、自分でもよくわからない。
「姉さんは、違うの?」
「なんで?あんな超絶ヘタレ、こっちから願い下げよ」
「……そっか。よかった。あの時、シロさんに根も葉もないことを吹き込んだみたいだから、もしかして、ってちょっと思ったんだ」
「別に、根も葉もないってわけじゃないわ。ヒルデ様がオーディショナルファクターであることは事実。カントレイルという存在があったのも事実。……そして私達がセカンド(出来損ない)で、あの娘がサードなのも、事実だわ」
 再び、バイオレットから表情が消えた。
「それでも、お兄ちゃんから色々言われて混乱していたシロさんを、ただ絶望させるためだけに二つを結び付けたのは、許せないことだよ、お姉ちゃん」
「どっちにせよ、化け物だってことに変わりはないわ。まぁ、あの金髪は妙に焦っていたから、説明がいつもより下手だったわね。熱に浮かされていたところがあるというか……おかげで、こっちは仕事がやりやすかったけど」
 まるで仮面のように、無表情がバイオレットには張り付いている。それは心なしか、こちらを睨み付けている動作のようにも思えた。
「……お兄ちゃんのこと、昔みたいに『お兄ちゃん』って呼ばないんだね、お姉ちゃん」
「……そうねぇ。イチイチ指摘するのも面倒だから放っておいたけどさ……いい加減、私を『お姉ちゃん』って呼ぶのも、あの金髪を『お兄ちゃん』って呼ぶのもやめなさい、バイオレット。……虫唾が走るのよ。特に、あの男を『お兄ちゃん』って呼ぶのは」
「いや。だって、私達は」
 そう言って、バイオレットは息を呑む。いつの間にか――否、自分が僅かに動揺したその隙を狙ったのだろう――ベノムは、拳銃をこちらに突きつけていた。
「そうね。私達は『兄妹』だわ。たとえ――『ノエル』という少女に擬似人格を植え付けて、その片方に『魔法』、もう片方に『科学』の知識を詰め込んで再分離させたその結果が私達だったとしても……私達は確かに『兄妹』だった」
「だったら、なんで――」
「わかっているんでしょう?あの男が何を望んで、何をしたのか、ってことぐらい」
 無表情で俯き、黙りこくるバイオレットとは対照的に、ベノムの瞳には明らかな――憎悪の炎が、揺らめいていた。
「私はね、PTAも、組織も、大人達も、全部、許せない。けどね、これ以上犠牲を増やさないためにPTAに協力するわ。そうすれば、少なくとも新しい犠牲は無くて済むかもしれない」
 憎悪の瞳と、無感動の瞳は刹那、その輝きを映しあう。
「邪魔をするなら、容赦はしないわ」
 それでも、その輝きが変わることは、なかった。

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